The Story of Art Gallery Coffee shop Memories 49.恋のカウンセラー |
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最近、何故か分かりませんが……。 店内をぐるりと見回してお客様の割合を見ると、高校生の姿がとても多いのです。制服のデザインから察するに、一番多いのは坂上の学校の生徒さんでしょう。 女の子達のグループがテーブル席を埋めていて、笑いさざめく明るい声に私は圧倒されてしまいます。ひょっとして、校則違反ではないのでしょうか? 私はちょっと心配です。 でも、困りました。 私が店内を歩いていると、女の子達の視線を全身に感じます。 そっと視線の先を追うときらきらと瞳を輝かせていた女の子達が、さっと顔を伏せてしまうのです。ちょっと頬を染めて、もじもじする姿は可愛らしいのですが……。 私には、その理由がまったく分かりません。 遙さんに尋ねても「さあ、どうしてかしらね?」と、笑うばかり。『知ってるわよー』って、顔に書いてあるのに教えて下さいません。 そして今日も茶館には、ほんのりとした恥じらいが充満しています。 ずっと、そんな日々が続いていたある日。 「おはよう、瞳子!」 「あ、おはようございます」 木曜日。いつものように開店と同時に、麗香さんがお店にいらっしゃいました。 自称『恋敵』である筈なのに、フレンドリーな麗香さんの態度にはもう慣れっこです。私がぺこりと会釈をすると、片手をひらひらさせながらすたすたと歩く麗香さんはお決まりの席へ腰掛け、重そうなトートバッグをテーブルの上へ置きました。 「瞳子ー、ブレンドお願い。それから、ホットサンドでも作ってくれない?」 「麗香さん、今日は朝からしっかり食べられるんですね」 「締め切り間近なのよ。空腹じゃ、体がもたないの」 地方の情報誌の制作に、本社発行の雑誌へコラムの執筆。忙しくて、大変なお仕事のようです。 毎週木曜日に、麗香さんとちょっと張り合ったりして。 ……何だか私は、木曜日が楽しみになっているような気がします。 もちろん麗香さんにとって、わたしはライバルなのでしょうけど。 「そうそう、瞳子。最近、お店の調子はどうー?」 カウンターの中でポットを火に掛けていると、バッグからパソコンを引っ張り出して、お仕事の準備をする麗香さんに尋ねられました。 天井を振り仰いで「ん〜」と考えます。 いいえ、いけません。 ぶるぶるっと首を振ります、お仕事に取り掛からないと。 冷蔵庫からハムとレタスにトマト、キュウリを取り出します。パンをトースターへ入れてタイマーのつまみをくるりと回します。かりっとした歯触り、中はしっとりと焼き上がるように。 キュウリをスライスして、ボウルへためた水の中へ浸して。しゃきっとしたレタスを手で千切り、美味しいドレッシングを作ります。 しゅんしゅんと、ポットも賑やかに音を立て始めました。 「お店の調子ですか? そうですね……。理由は分かりませんけど、高校生の女の子達が多いですね」 「え? ほんと!?」 ちょっと余裕が出来ました。私がそう答えると麗香さんが、ばっ!と背筋を伸ばします。 「ふふふ、この私にかかれば他愛ないわね」 どうしたのでしょう。肩を震わせる麗香さんは、なぜかとても楽しそうです。 そして何を思いついたのか大きなトートバッグをぐいっと引き寄せ、一冊の薄い冊子を取り出しました。 「ねぇ瞳子! これを見てごらんなさい」 「あの、すみません……。私は今、手がはなせません」 「はやくっ! はやく見なさいよー」と麗香さんがあまりに急かすので、私は取りあえず、コンロの火を止めました。 麗香さんは、いつもちょっと強引です。 「サンドイッチとブレンドは、すぐにお持ちしますから……」 「それは後でもいいから、早く見なさいって!」 私は麗香さんに言われるままに向かい側へと座ると、差し出された冊子を受け取りました。 「あはは。ほらほら、ちゃんと宣伝しておいたからね」 私は冊子を飾る賑やかな表紙を見ます。 この街周辺についての情報誌のようですが、ぱらぱらとページをめくると大きなタイトルに目が止まりました。 『特集! 明るい人々の人情が温かい、中央通り商店街』 タイトルに続いてたくさんの写真と共に、商店街に建ち並ぶお店が紹介されています。お肉屋さんの揚げたてコロッケ、魚屋さんの薩摩揚げ、お豆腐屋さんの、おからドーナツなどなど。商店街で、おなじみの味覚が絶賛されています。 恵子さんのメモルは『可愛いアイテムが、お店から溢れ出しそう!』と、恵子さんの笑顔の写真が添えられています。 ページを繰る事に目を奪われる、楽しい記事の数々に感心しながら読んでいると、何やら気になる大きな文字が目に止まりました。 『おしゃれな茶館で素敵な恋をゲット! 恋愛相談もおまかせ!』 すてきなこいをげっと? れんあいそうだんもおまかせ? 明るいピンク色の、ポップな書体で書かれた茶館の紹介文を読んだ瞬間、その文字が伝える内容が胸に浸透すると同時に、私は思わず目眩を起こしまし た。 『美人のウェイトレスさんが、あなたの恋をカウンセリング!』 ここ最近、お店に女子高生の姿が多いのは……分かりました、原因はこの情報誌です。 「ちゃんと紹介してあげたわよ。しかも美人よ、美人の店員さん! 売り上げアップに貢献してあげるんだから、サービスしなさいよ?」 「あ、あの……れ、麗香さん」 「ふっ、田舎の情報誌なんて、私にかかればちょろいもんよ。ちまちました仕事だけど、確実にこなして一日も早く本社に復帰してやるわ!」 握った拳に力を込めて、高らかに宣言している麗香さん。こんな誇張された記事を書いても、許されるものでしょうか? ひとつ間違えば、本社復帰への道が絶たれそうなのですが。麗香さんは私の声など、まったく耳に入っていないようです。 全身の力が抜けきった私は、またテーブルへと突っ伏しました。 きらきらとした視線は、恋の熱に浮かされた子羊達の救いを乞うものでしょう。ですが私には彼女達を救ってあげられる、そんな力はありません。 彼に突き付けられた、鋭い刃物のような言葉。 信じていた大切な想い、大切に育んだ絆が儚い幻に過ぎなかったと、あの日に思い知らされたのですから……。 そんな私が、彼女達の力になれる訳もありません。 「あの、こんな宣伝の仕方をして、どうするおつもりなんです?」 のろのろと身を起こした私はうろんな目を向けて、麗香さんに問いかけます。 麗香さんは相変わらず、パソコンの画面を睨みながら、 「あは、頑張ってねぇー」 我関せずと、無責任な応援を下さいます。 「もう! 私の方が相談に乗って欲しいくらいなのにっ!」 ぎゅっと握った手を、ぶんぶんと振りながら言うと。 古い玩具のように、ぎぎっと首を軋ませてこちらを向いた麗香さんが、目を細めて意味ありげな笑顔を浮かべます。 「ふう〜ん」 あ、まずいです。私を見つめて、ニヤリと笑った麗香さん。 「へええ……。ねえ、瞳子。私でよければ相談に乗るわよ?」 「け、結構ですっ!」 私が逃げるように席を立つと、 「ちょっと、瞳子! 待ちなさいっ!」 叫んだ麗香さんに、後ろから抱き付かれました。 「きゃああああっ! だから、抱き付かないで下さいっ!」 どうしても、あの夜の事を思い出してしまいます。 「なに嫌がってるのよ! ほらほらほらっ!」 「ああっ、離して下さいっ!」 私は麗香さんから逃れようと、一生懸命にもがきます。 「あ、ほらっ! せっかく沸いたお湯が冷めてしまいます。これ以上冷めないようにしないと、燃料費がお店の経営がエコが地球規模の損失で……」 「なにを訳が分からない事を言ってるの! ええい、騒ぐでないわっ! おとなしく白状しなさいっ!」 「白状する事なんかありませんっ!」 じたばたと逃れようとするも、麗香さんに背後からがっちり抱き付かれて逃げられません。 「あ、あのぉ」 その時、戸惑いを隠せない声が耳に届きました。 ぴたりと動きを止めた私と麗香さんが、恐る恐る扉の方を見ると、お客様でしょう、男性が困った顔で立っています。 冷水を頭から浴びせられた気分になりました。 私と麗香さんは慌てて体を離すと、顔を見合わせて気まずげに笑います。 「よ、ようこそ! い、いらっしゃいませ!」 ぎこちない動きで男性を案内します。顔から火が出そうなほど恥ずかしいのですが、お客様のおかげで助かりました。 午後になり、今日もちらほらと女の子達の姿が増えてきます。 そして……。 ついにひとりの女の子が、カウンターの中にいる私の前に立ちました。 緊張しているのかそれとも恥じらいなのか、両肩が小刻みに震えています。ぐっと唇を噛んで一度うつむき、女の子は『ばっ!』と顔を上げました。 女の子の真剣な表情に、私はびくっと体を硬直させます。 「あ、あの、……お、お話を聞いて下さいっ!」 深々とお辞儀する女の子、店内に微かなざわめきが広がります。女の子を見下ろす形になった私は、困り果てて麗香さんに視線を送りました。 私のすがるような視線を足元へころりんと転がして、麗香さんは微笑んでいます。 この騒ぎの当事者なのに。 「あの……」 断ろうとした私は、次に続けるはずだった言葉を飲み込みました。 女の子のあまりの真剣な表情を見てしまうと、断ることなんか出来ません。 「……こちらへいらっしゃい」 「は、はい!」 私は観葉植物に遮られる位置にあるテーブルへ、彼女を案内します。 不安そうな女の子に「ちょっと待っていてね」と言うと、私はカウンターへ戻りカフェ・オレの準備を始めます。 ちらりと女の子を見ると、そわそわと落ち着かない様子です。 「はい、どうぞ」 カフェ・オレのカップをテーブルへ置くと、女の子が困ったような顔になりました。 「あ、あの……」 「気にしなくていいんですよ、ゆっくりお話を聞かせて下さいね」 「は、はい!」 ぱっと笑顔を見せた女の子。 あまり化粧っけの無い顔、珍しいのではないでしょうか。女の子は顔を紅潮させて、一生懸命に訴えます。 日毎、夜毎、淡い想いをつのらせているのでしょうか。 私は彼女の言葉をひとつひとつ丁寧に聞きます。いい加減な態度など以ての外、真剣な態度で接しなければならないでしょう。 あんな方法もある、こんな方法もあるなんて、小賢しいことを答えるつもりはありません。 少しずつ話の先を促しながら、気持ちの向きと大きさに気付くように……。 暫く話していると、女の子の表情が明るくなってきました。胸のつかえが取れたような、そんな笑顔です。 「あ、あの……あ、ありがとうございますっ! また、お話を聞いて貰っていいですか?」 「はい、私で良ければお話を聞きます。またいらっしゃい」 「はい!」 女の子は嬉しそうに答えました。 それがきっかけになったのでしょう……それから、三人ほど話を聞きました。 皆それぞれです、若い子達ですから愚痴るような事はありません。でも、私は彼女達に深く関わる訳にはいきません。彼女達が胸に秘めている想いは、彼女達が自分自身で向き合わなければならない事です。 さすがに……疲れました。カウンターの中で、グラスに汲んだ水をひと口。 すると麗香さんがカウンターへ歩いてきて、すとんとスツールに腰を下ろして微笑みました。 そのとても柔らかな笑顔に、しばらく見とれてしまいます。 「なかなか度胸があるじゃない。サマになっていたわよ、カウンセラーさん?」 「みんな真剣なんです、いい加減な態度は失礼ですから」 そう答えて無茶で無責任な仕掛け人を「む!」と睨みます。 麗香さんは、私が差し向けたトゲトゲの視線など気にする風もなく、ひらりと手でかわし。 「感心したわよ。あの手この手を伝授するような、安っぽい事するんじゃないかって、冷や冷やしてたから」 「そんな事しませんっ!」 「だから感心してるんだってば、記事を書いた甲斐があるって言いたいのよ」 私は、ぽかんと麗香さんを見つめました。 その麗香さんは、急に店内をぐるりと見回し、まるで寒そうに両腕をさすりました。 「どうなさったのですか?」 「瞳子、このお店はあなたと慎吾が働いてるだけよね?」 「はい」 急にどうしたのでしょう? 「うん。たまに、人の気配がするのよ。それに何か背筋に寒気みたいなのを感じるのよね、ぞくぞくって。ま、気のせいでしょ」 ぱたぱたと手を振る麗香さん。 ……いえ。それは多分、気のせいではないと思います。 まさか、遙さんがやきもちをやいているのでしょうか? (お店が終わったら、一緒にケーキを食べましょうね……遙さん) 今日は、ちょっと贅沢なケーキを作りましょう。 楽しみです。 遙さんの姿は見えませんが。私も店内を見回して、そっと微笑みました。 |
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