2017年2月9日 ブリザードの中心へ!?

今年の冬はフィリピン東方海上の水温が高く当海域で積雲対流が活発であり、その影響を受け大陸付近での偏西風が北上し寒気団は東日本に集中していたが、2月9日の寒波は大きく西回りで流れ込んだ為に山陰沖でポーラLOWの発生が予想された.。

ところでポーラLOW(極低気圧)とは、普通の低気圧の寒冷前線より極側、或いは寒帯前線ジェット気流より極側で発生する小規模な低気圧の総称で色々な種類があるが、一般的に水平規模が小さいために地上天気図には描かれない場合が多い。しかし、小規模ながら台風並みの風を伴い大災害をもたらした例も多く、「真冬の台風」とも呼ばれる事もある。ポーラLOWの中心は上空の寒気の中心と対応している場合が多く、さしずめブリザードの中心のようなもの?とも言える。このたび中心への突入を試みたケースは、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)上に発生したもので、ポーラーローとしては水平規模が最も小さいメゾβ級のものである。

自宅からの距離を考慮し当日までに上陸予想地点に到着しておく必要があるので、各気象機関の予報モデルを参考に、ポーラLOWの予想上陸地点と時間を割り出した結果、予想上陸地点は島根県日御碕を中心とした半径20キロの範囲と定め、上陸時間を9日20時頃と算出した。毎度の事ながら、危険なストームチェイスを敢行するに当たり安全にかつ観測が出来る場所の確保が必要であったが、予めロケハンを兼ねて旅行で泊まった事のあるリゾートホテルが直撃予想地点に位置していたことは幸運であった。余談だが、ここのホテルからの景色は抜群で、アメニティー施設も充実しており、広いベランダからは180°海が見渡せる絶好の場所にある!。
 
出発からおおよそ5時間後の午後3時過ぎにホテルに到着した。
長時間のドライブでの疲れを取るため温泉に漬かったあと、ホテルのベランダに出て機材の設置に入った。
この時点でも山陰沖にポーラLOWの渦がエコーで確認出来ず、もしかしたら発生は無いかもしれない?と言う不安がよぎる。
それを裏付けるかのように、待機場所の海岸は沖合まで良く晴れた夕焼け空が見渡せ、風も比較的穏やかであった。
実際、ポーラLOWの発生は神出鬼没でゲリラ的でもあり、チェイスはことごとく失敗に終わった場合の方が多い!。

そんな不安を抱えていた所、17時頃から山陰沖に積乱雲の渦巻きの発生をレーダーエコーで確認した!。
ようやく発生の兆しが見えて来たものの、眼を生じるまで発達するのか?、ここまでやって来るのか?、までは判らない。
そのような理由から台風より予測が難いが、一般的に台風より美しい眼が拝めるのもポーラLOWならではの醍醐味でもある。
*観測記録*
19時00分 1001.1hPa 6.8℃ 日没後も月明かりで雲間から澄んだ青空が望めていたが、次第に風が強くなって来た。
20時00分 1000.7hPa 6.7℃ 急に天気が崩れて小雪が舞っている、風力階級でSW 4~5程度。
エコーによると眼は沖合20キロ付近まで迫っているようだが風雪で水平線は霞んで何も見えない。
20時14分、999.3hPa 4.9℃ 急激に風雪が激しくなり、風力階級でSW 6~7程度と目測、気圧が下がり始める。
20時24分、999.4hPa 4.5℃ 雪が雨に変わる、SW 風力5~6程度だが沖合は霞んで視程は不明。
20時36分、998.7hPa 3.7℃ 急に風雨が収まったので外に出てみると沖合に晴れ間を確認!、間違いなく「眼」と判断した。
殆ど静穏で先ほどまで荒れ狂ってた天候が嘘のようだったが、僅か数分後に猛烈な吹き返しが始まり、三脚を緊急避難させる。
風圧によりベランダのドアが開かず、力ずくで押し開けて室内に避難するや否や、リゾート全体が停電した。
20時42分、998.4hPa 4.6℃ 強雨 NNW風力階級7~8
20時46分、998.6hPa 5.1℃ 強雨 NNW風力階級6~7
21時01分、1000.5hPa ** 雨
21時38分、1002.0hPa ** 雨
22時20分、1003.4hPa 5.0℃ 霙
写真は20時35分、及び36分、出雲市多伎町のキララ浜よりポーラLOWの眼を望む。
眼はおおよそ10キロ先と推定され、青空には星が輝き、レーダーエコー動画により青空は眼に間違いない事を確認した。
眼の中心に入らなかったので静穏状態は一瞬であったが、今まで見た気象現象の中でも最も神秘的な瞬間であった。
レーダーエコーで見た眼の形成は18時ごろから始まり、上陸直前の20時頃にはほぼ同心円まで発達、雲の形状から判断すると上陸直前の20時30分頃に最盛期を迎えたように推測される。エコーによる壁雲の直径は上陸前まで25キロから30キロ程度であったが、上陸後は急速に塞がり、眼が通過した地点の実測値から判断された最大風速帯はこれより小さく、精々直径7~8キロから10キロ程度であったように思われる?。次にアメダスデータに気圧詳細をプロットして描画したが、上陸後は山陰沿岸に沿って東に進み、0時頃に豊岡市付近に達したあと消滅したように見えた。 
 
 
下の図は、それぞれポーラーLOWが出雲市付近に上陸した直近時刻(21時)における天気図である。
左の地上図ではポーラLOWは描かれていない。これはポーラLOWの規模が非常に小さい(メゾβであった為と思われるが、実際、ポーラLOWは慣習的に地上図には描かれない事が多い。しかし、中心付近では台風並みの暴風雨を伴っていたことは確かであり、防災上は問題が有るように感じる。中図は700hPaにおける上昇流と850hPaにおける風の模様であるが、ポーラLOWの中心は上昇流極大域と一致している。右の500hPaにおける渦度をみると、ポーラLOWの中心は寒気団の中心部の渦度223x10-6/sの極大点と対応しており、ポーラLOWが小さいながらもかなり強力で5500m付近まで到達していた事が伺える。
 
下の表は、ポーラLOWの眼が通過したと判断した地域の観測データにストームチェイサーによる観測データを合わせたもの。
ポーラLOWは午後8時35分頃に出雲市付近の海岸に上陸したと推定され、その後おおよそ毎時46キロで進んだと観られ、21時に松江市付近、22時に米子市付近を通過したものと推定される。チェーイサーの観測点は、出雲市街地よりおおよそ6キロ西に位置した多伎町の海岸にあるリゾートホテルで、時間は10分毎に風速と気圧の変化を載せているが、現地気圧で998.4hPa(海抜校正999.4hPa)を記録した。尚、建物の影に入るホテルのベランダからは風速が図れない為、キララ多伎での風速はビューフォード風力階級で目測し、その低い方の値を風速値に換算して破線で示してある。
これ等のグラフから、眼が通過したと推定された地域での静穏時間は僅か5~10分程度しかなく、エコー等から推測したポーラLOW の速度(45キロ)から計算した眼の直径は≒8キロ程度と推測した。米子を除いて中心が通過したと推定された全ての地域で通過後に風が極端に強くなっているのは、後面の気圧傾度が急なポーラLOWの一般的な特徴でもある。また、ほぼ中心が通過した何れの地点でも壁雲前方付近で気温が著しく低く、眼の中の暖気は推定位置が眼の中の後方壁雲付近にあるように思われた。尚、このポーラLOWによる最大風速は斐川で21時40分に北西17.5m/s、最大瞬間風速は松江で21時50分に北西27.5m/sであった。
 
図は、各種データ及びストームチェイスから得たポーラLOWの中心付近での観測データを、解析描画したもの。
下の図(左)の水蒸気画像では渦の中心が暗く写っている、更に700hPa(上空≒3000m)の湿度画像では青く写っており、(右)の800hPa(上空≒1500m)では渦中心に高温部の“島”が見られる事から、眼の中は下降気流で乾燥しており周囲より気温が高い事が判る。
 
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