*概要*
2010年は太平洋高の軸が本土上空に居座り、沖縄と北海道を除き記録的な猛暑に見舞われた。
加えて8月まで台風の発生が2個しかなく、発生数の少なさも異常であったが、そのコースも普段より異常に北西寄りを通過するものが多く、特に7号は黄海を北上する珍しいコースであった。その後、7号を追うように9号が東シナ海を北上し、当初、黄海に進むと見られていたが、日本海に寒気が南下したため、一時的に出来た太平洋高気圧の隙間を縫って北東に進路を変え、対馬海峡から山陰沖を通過し、北陸に上陸した。2000年以降、温暖化が影響と思われる上陸台風の減少と弱小化により、ストームチェーサーも閑古鳥であったが、今回、3年ぶりに北部九州に接近し、対馬海峡を山陰沖に進んだ9号(マーロウ)を追跡する事にした。

9月7日16時、仕事を済ませ、大急ぎでストームチェサーに出陣した。
しかし、9号は元々眼が顕著ではなく、例え中心に入っても眼が有る可能性は非常に低いと思われた。
こういう台風は、中心の中に複数のメソ渦を伴っている場合が多々有り、事実、9号も複数の中心がバトンリレー形式で入れ替わり立ち代り進んだので何処で待ち構えるのがBESTなのか?地点選択に手間取り、高速道路を右往左往したりして不用意に時間を費やした事は悔やまれてならない。迷った末、角島で台風を観測することにした。白丸は観測位置、扇は写真の範囲。

17時30分 角島まであと10kの地点まで来た。
気象レーダーでは正に壁雲に突入した事を確認した!
壁雲に差し掛かった時の天気の変化は劇的で、今まで明るい曇りだったのに突然真っ暗になり風雨激しく、ヘッドライトが必要な土砂降りと強風にハンドルを獲られそうになりながら、角島へ続く峠道を越えた頃、遠く海の方向に明るさが見えて来たのである。
焦る気持ちを抑え切れず、とりあえず観測は車中で気圧のみ確認する。
海抜殆んど0mだから気圧補正はせずに済んだが、1002.1hPaだった。
気象庁の発表では998hPaと言っていたが、台風まではまだ60kmはあると推定された。
白丸はGPSで求めたストームチェーサーの位置、赤X点に台風の中心があると推定される。
17時40分 角島に到着した。
既に沖合いNNWには眼と思われる晴れ間が見えた!カメラの設置間に合わず、風速気温共に測定機会を逃してしまった。
現地気圧1000.1hPa 海抜更正1002.1hPa
 
17時50分 沖合いNNW50〜60k付近に渦中心と思われるリング状の雲を確認した!観測地点では眼の外側にあるため、時折強いスコールが島の上空を横切り、夕陽に照らされ茜色に輝いて見えた。海抜更正1001.6hPa GUST SSW11.3m/s 26.3℃
17:52 リング状の雲は崩れたのか、遠ざかったのかハッキリしなくなった。
17時55分 海抜更正 1001.2hPa  GUST SSW14.4m/s  AVE  SSW7.7m/s
18時00分 急に風が強くなったように実感した。 1001.1hPa GUST SSW11.7m/s 26.3℃
18時10分 激しい驟雨、視界不良。 海抜更正 1001.5hPa GUST SSW11.2m/s 25.8℃

18時30分 海抜更正 1001.9hPa GUST SSW5.3m/s 25.9℃
風雨収まり南西方向から雲が切れて来た。空と海面がオレンジ色に染まり、異様な色彩が神秘的であった。
これと似た現象は、0414号の中心付近が福岡市を通過中に観たことがある。
台風の中心は17時40分頃、角島のNNWおおよそ60k付近を通過したと思われるが、顕著な吹き返しは観測していない。
ストームチェーサーの風速計では17時55分に最大風速GUST14.4mを観測した。
元々9号は中心が顕著ではなく、加えて温帯低気圧化も進んでいたと思われる関係上、複数の中心があったと考えられる。
事後解析により、眼と思われる晴れ間は本当の中心ではなく、中心付近に生じたメソ渦の一つの可能性が高いと判断した。

即席ながら解析してみた。  気象庁では998hPaと発表していたが、実際はそれより高かったようだ。
風速データによると17時30分頃に眼の内側が掠めたとも考えられる。
尚、角島では到着直後は測れなかったので17時50分まで載せてないが、18時頃から強い吹き返しを肌で感じた。
気圧と気温から、台風の中心が角島に一番接近した時刻は17時30〜18時と推定される。
メソLが上陸したとされる浜田市のデータによると、浜田市付近には8日0時前後に上陸した模様だが、弱風域を観測して無い事から実際
の上陸地点は大田市付近と推定される。
8日11時半頃、台風は福井県に上陸、その後15時に東海沿岸で熱Lに変わったが、温帯低気圧として再発達にたのち南房に再上陸した。
19時には別の渦が千葉市付近に現れ、
20時には千葉市付近に発生した渦に勢力が移った後、21時頃東海上に抜けた。
概要
この台風の際立った特徴として、沖縄近海で発生した当初から浅く広いフライパン型で眼が顕著ではなく、
複数の中心がリレー形式に勢力を移しながら進んだ事が挙げられる。
このことはストームチェーサーを非常に困難なものにした。
また、気象庁では8日正午前に福井県に上陸したと発表していたが、その少し前の0時頃に島根県に上陸した顕著な渦が有り、
これについては詳しい資料が無いので推定の域を出ないものの、個人的解釈では、台風の進路の主軸の周辺部に発生した、
メソ低ではないかと思われる。
ただし、このメソ低が近傍に上陸した浜田市の気圧は台風上陸地点よりかなり低く、台風本体の気圧よりも低かった可能性がある。
何故なら、浜田の最低気圧は1002.1hPaに対して、公式上陸地点の敦賀では1003.0hPaで浜田より高く、
時差が有ったとは言え、浜田より台風が近くを通過したとされていた松江の最低気圧は1003.2hPaであった。
尚、ストームチェーサーにおいて観測された最低海面更正気圧は18時00分に観測した1001.1hPaであった。
最大瞬間風速は油谷で14.9m/s、浜田で23m/sと台風としては概して弱かったが、山口県では高潮による被害があった。
参考までに作成した台風経路図を載せてみた。
青線は気象台発表 赤線は解析した複数の渦のコース。
7日21時 500hPa天気図 地上の台風にウォームコアが対応している。
7日21時 850hPa天気図 気温傾度が台風の中心を挟んで大きく既に温低化しつつあるようだ。
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