2015年 台風第15号(コーニー)

【台風の概況】
平成27年8月15日03時にマリアナ諸島で発生した台風第15号(コーニー)は、フィリピン東方海上に達した17日15時には、
中心気圧935hPa、最大風50m/sの非常に強い台風となった。その後、22日にバシー海峡で向きを北に変えて波照間島
を通過し、東シナ海を北上、25日06時過ぎに熊本県荒尾市付近に強い勢力で上陸した後、福岡県を通過して山口県の
西海上を北上、26日06時に日本海で温帯低気圧となった。尚、この台風は最盛期が二度あり、特に波照間を通過直後
に急激な発達しているようで、ドップラーレーダーによる解析で、925hPa 、最大風速はおおよそ65mと弾き出されている。
風が非常に強かったのが特徴で、EYEウォールが通過した石垣島では最大瞬間風速71mを観測、500hPaでの渦度が
なんと800以上と言う驚異的な勢力であった。この事実は東シナ海を北上中に「猛烈」レベルまで発達する台風が存在
する可能性を示唆していると言える。

【暴風の状況】
台風の上陸した九州、山口県では、鹿児島県枕崎市で最大風速32.2m/s、最大瞬間風速45.9m/sの猛烈な風を観測、
宇部で(28.6m/s)、防府で(24.4m/s)の最大風速を観測した。最大瞬間風速は防府(39.6m/s)、宇部(37.0m/s)であった。
また、長門市油谷では最大風速の極値を更新した。尚、この台風は石垣島で観測史上一位の最大瞬間風速71mを記録
するなど、非常に風が強かったのが特徴であった。
【高潮の状況】
山口県下関市の長府で223センチ(25日08時24分)等の潮位偏差が観測された。
【高波の状況】
25日は、東シナ海で10m、日本海側の沿岸の海域で波の高さが6~7mの大しけとなった。
【大雨の状況】
23日から25日にかけて九州・山口県での総降水量は、宮崎県えびの市で292.0mm、長崎県雲仙岳(雲仙市)で290.0mm、
鹿児島県肝付前田(肝属郡肝付町)と田代(肝属郡錦江町)で278.5mm。長崎県雲仙岳では25日05時43分までの1時間
に134.5mmを観測した。解析雨量では25日05時から10時にかけて熊本県、長崎県、佐賀県、福岡県、山口県で1時間に
100mm以上の猛烈な雨が降った。
                            *ストームチェイス概要
この台風は中心付近の収束が良く眼が非常に顕著であり、波照間島では非常に美しい眼が見られたと報告されている。
ストームチェイサーとしてこのような台風の眼に入る事は長年の夢であり、温暖化の影響か、筆者在住の北部九州エリア
を通過する台風が近年殆ど皆無になっていただけに、ストームチェイスを始めて15年目にして期待される台風でもあった。
幸いにもこの日は休日に当たった事で会社に気兼ねなくチェイスが出来たが、台風が非常に強かった事からチェイスその
ものが可能なのかギリギリまで判断に迫られることになる。
結局、EYE ウォールの内側に入った隙を狙ってチェイスを敢行したものの、角島では中心と眼の晴れ間の位置がズレ込ん
でいたため、眼の晴れ間を眼の周辺部に発生した義眼と見誤って早々に撤退した事は悔やまれてならない。
この件に関しては、衛星可視画像を逐一確認していたら可能だった事で、今後の反省課題になった。
25日午前4時、阿久根市付近が壁雲の内側に入った事をエコーで確認したが、実際に気象庁から発表はなく、気象庁では午前
6時頃に熊本県荒尾市付近上陸したと発表している。レーダーエコーやアメダス解析によると、上陸時のEYEウォールの直径は
おおよそ28kmであったが、上陸2時間後の午前5時のエコーによると完全に眼が閉じている事が伺えた。
福岡県で眼が通過したと推定される大牟田、久留米、大宰府、宗像における10分おきの詳細な風速データから、上陸後の眼の
状態を更に詳しく解析した結果、上陸後の眼は極めて小さい直径20km以下であったと推測され、宗像市から玄界灘に抜ける9時
以降においての直径はおおよそ30キロと見られる。
この頃から元々有ったEYEウォールは消失し、10時頃から外縁部で新しく生じたEYEウォールに取って代られたものと観られる。
尚、下層渦の中心は九州山地に行く手を阻まれ、上陸後から平野部に沿って向きを北に変え福岡市付近から海上に抜けた。
この原因は、台風が持つ運動エネルギーに伴う力学的な効果も加わったものと推定される。

*午前8時、瀬戸内海に面したマンション付近での風速は平均20m以上、瞬間風速は35mを超えたと推定された。
(写真左)は7時頃、(写真中)は8時頃で、高潮のため海抜5.6mの駐車場は水浸しになり、手前の3階建てビルと比較して波浪
の高さは4~5mあったと思われるが、この狭い海峡でこれ程の高波が発生するとは驚愕であった。
激しい暴風の為にベランダに出る事が出来ず風速の観測は出来なかったが、気圧は何とか観測出来た。
8時00分に現地気圧で969.6hPa(海抜公正974.3hPa)、気圧計の針が呼吸するように下がって行くのが肉眼で確認可能であっ
たのは驚愕に値するが、アネロイド気圧計の指針の挙動が肉眼で判る例は室戸台風等の強烈な台風においては多々記録さ
れており、私の経験では1991年19号「林檎台風」や2004年の18号でも確認している。

*8時30分頃、風雨が急に収まり関門海峡の西側に雲の切れ間が見えて来た!!(写真右)
しかし、幾ら待っても晴れ間は接近してくる気配がなく、眼は関門海峡を逸れると判断、壁雲の内側に入ったらしく小康状態を
縫って急遽ストームチェイスを敢行することにした。しかし各所で道路が寸断されてた為、チェイスは難航を極める事になった。
仕方なく海峡の海岸道路を諦めて一旦来た道を引き返し2号線に入再び北上、眼の全容が見渡せる日本海側に出た時は既
に9時半を回っていた。眼が近いとはいえ、周辺部に位置していたために暴風は避けられず、海辺のBEST撮影ポジションを探し
て走るのは非常に危険な賭けでもあった。


前田海岸 7時00分973.1(77.8)hPa  7時30分971.0(75.7) 8時00分969.6(74.3)  8時30分970.0(74.7) 9時00分970.2(74.9)  

吉見海水浴場 10時00分969.0(71.1)hPa  角島大橋 12時00分969.9(974.65)hPa
10時00、日本海に面した吉見海水浴場に到着した時、丁度、眼の中心が玄界灘に抜ける最中であった。 
 
10時02分、ゴーっと唸る怒涛と風音の中、吉見海岸から臨む眼は神秘的であった。
非常に強い風による車の横転や飛来物を避けて鉄筋のバンガローに車を寄せて停め、観測機器とカメラを用意する。
しかし、眼の中とはいえ周辺部に位置してる為に猛烈な突風が吹きまくり観測機器の設置は断念せざるを得なかった。
更に、余りに急いで出動したのでビデオカメラを積んで来るのを忘れ、動画を撮れなかった事は悔やまれてならない。
 
10時06分、眼の全貌が姿を現した!!
下層の積雲が邪魔で上層の雲ははっきり見えなかったが、下層雲の隙間から上層の白い雲が渦を巻いてる事が判る。
また、下層の積雲は沖合30キロ付近を中心にゆっくり渦を巻いて動く様子が肉眼でも確認出来た。
 10時07分、いよいよ中心が姿を現した!!。この渦を巻いた青空が眼の最も中心と観られる。
尚、下層にある積雲の渦中心は、この青空より後方にズレて位置している雲の切れ間である。
 
写真(上)は、10時における背後の壁雲を撮ったもの。
上の図は下層風の状態を個人解析を基に示したもので、左から10時、10時半、13時のエコーに対応して描いたもの。
また、海上に出ると山岳等の下層風を攪乱する要素が無くなるために旋衡風平衡が保たれ、遠心力が効いて来るために再び
眼が開いたのを、エコーや衛星画像から確認出来る。更に、12時頃から眼が著しく広がって来たのは、この頃から台風の風速
が弱まり遠心力が解放された為と推定される。
10時08分、気圧969.0hPa(海抜校正971.1)暴風を避けてバンガローの中から撮影する。
晴れ間は差し渡し15km程度と見積もられるが、沖合に去った為に、眼を追って191号線を北上することにした。
台風に先回りすること1時間、おおよそ30km北にある角島大橋に12時頃到着した。
角島大橋手前では予想に反し風はそれほど強くなく平均10m程度であったので、丘の途中に駐車することが可能であった。
標高38mでの気圧は969.9hPa(974.65)で中心は沖合近くにあると判断されたものの、眼の晴れ間はなかなか現れなかった。

待機することおおよそ20分後の12時30分頃より、ようやく青空が覗いた!!。
写真は角島沖を西から東に移動する晴れ間で、左から12時30分、31分、33分に写したものである。
観測機器やエコー、アメダスデータを基に中心位置を推定したところ、既に中心は角島北西沖合30km付近を進んでいる
と思われた。推定位置と晴れ間の位置は一致したものの、これが眼の中央部と断定する証拠に乏しく、事後解析により、
この渦巻き状晴れ間は眼の周辺部で発生したメソサイクロンによるものと推定された.。
しかし、それ以降20分位、再び風雨に見舞われ晴れ間は見えなくなった。
晴れ間が消えておおよそ20分後の12時51分、再び沖合に晴れ間が現れた。しかも、今度の晴れ間は非常に大きく到底眼とは
思えなかった。12時50分、973hPa(海抜38m)で急速に上昇、更にエコーやアメダスデータは中心が遠ざかりつつある事を示し
ており、吹き返しに遭うリスクを避けて早々に撤退したが、この撤退が事後解析により大変なミスであった事が判明した。
実はこの巨大な晴れ間が眼の全様であって、この時の衛星可視画像をチラ見でもしていたら・・、と悔やまれてならない・・。
中心が玄界灘に抜けた頃より眼が急激に広がった事が、この台風における、もう一つの特徴であった。(写真下)
可視画像では9時半頃から玄界灘付近に下層雲の晴れ間が見え始め、10時にはおおよそ40km、15時には80kmに及んだ。
この原因については、陸地から海上に出た事による摩擦力の低下に伴い渦運動エネルギーが解放されたことに加えて、
温低化に伴い中心付近での気圧傾度が緩やかになった事による遠心力の解放等が考えられる。
このような事例は特に珍しいことではなく、ストームチェイスを行うに当たり留意すべきことの一つと言えそうだ。
この台風において更に特記すべきことは、義眼の発生が観られたことである。(写真下)
義眼は午前11時頃から台風後方≒100km付近の対馬海峡で発生し、正午には眼本体より大きくなったが16時には消失した。
台風義眼は多々見られる現象であって、眼と誤認される事も多いがハッキリした原因は判っていない。
 
* 気圧詳細
今回、ストームチェースにおいての観測は暴風の為に出来なかったが、気圧については断片的ながら観測出来た。
其処で、気象台等の情報を基に6時、9時、13時における中心付近での気圧分布の詳細を描画してみる事にした。
それによると、上陸時の気圧は気象庁解析で940hPa最大風速50mであったが、その後の通過地点における気圧の変化を詳細
に調べた結果、上陸後は急激に衰弱しており、午前6時には推定962hPa、9時には推定968hPa、13時には推定974hPaであった。
この値は気象庁の解析よりおおよそ4~9hPa高くなったが、衰弱が早い為に気象庁の解析が後手後手に回ってる感が否めない。
*参考資料
以下、15号の経路と各地の観測データを参考までに載せてみた。
今回の台風は眼が小さかったため眼に入った地域は中心から半径15~30kmの範囲に限られ、眼の中心が通過したと判断される
宗像市でのデータによると眼に入っていた時間は約55分であり、台風の平均速度を30km/hとすると眼の直径は≒30kmとなった。
尚、中心が近傍を通過した福岡、宗像、飯塚、下関では通過から1時間半~2時間頃に一時的に風速が落ちており、この原因につ
いてははっきりしない。また、海上に抜けた10時頃から眼の後面に晴れ間が広がり始めたのに伴い、新しい壁雲が外縁部に形成
されたため、元有った壁雲は10時過ぎには消失した模様である。(下図参照)