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 高橋 尚子の強さ

 Qちゃんの勝因、というよりも、今、彼女がどのような力を持つランナーで
あるのかについては非常に興味深いものがあります。その能力の高さは「異次
元」「次世紀」などの言葉で飾られることがありますが、あながち、いい加減
な表現でもないですね。そのぐらい、現段階の科学や経験論では説明できない
部分を多く持つのは事実です。

 現象面だけ見れば、今回の勝因;Qちゃんが他の選手よりも圧倒的に優れて
いたのは、その持久的な能力の水準―心肺機能の能力が異常なほどまでのレベ
ルへ引き上げられていたということだと思います。これは言うのも、聞くのも
簡単(書いて、読んでるんですね…)ですが、ちゃんと説明すると、けっこう
難しい話になります。

 Qちゃんは「高速マラソンランナー」ですが、「スピードランナー」ではあ
りません。高い水準のスピードを発揮できるランナーではなく、比較的高めの
ペースを継続して維持できるランナーです。科学的に分析すると、最大酸素摂
取量などがどのくらいかはともかく、乳酸への耐性が異常に強い、OBLAや

LTなどの数値が人間離れした、とんでもない水準にある…だろう、といった
ようなことが予測されます。(このへんは読んでも分からなければ、それでも
いいですよ。)問題は、いったい、どんなトレーニングをすれば、生身の人間
がそんな鬼のような水準にまで諸機能を高めていくことができるのか、という
ことです。ここらあたりが、Qちゃんの驚異であり、小出マジックと言われる
職人芸の真髄であると言えるでしょう。

 伝えられるような3000mを越える高地での持続走、1.6Kmの全力走
などで、こういう力がそこまで高まるのだということは現段階の科学では証明
しきれませんし、経験した人もいないでしょう。それを小出監督の直感と、そ
れに対するQちゃんの信頼だけでやっちゃうんだから「異次元」です。「次世
紀」にならないと説明できるようにならないでしょう。 恐るべし、Qちゃん
&小出監督…。

 ちなみに最後にバテたのは、完全に足に来てます。なにしろ心肺機能を超人
レベルまで高めたのですから、脚筋も相当なレベルにないとそれを支えて
いく
ことはできません。しかし、さすがにそこまでは手が(足が?)回らなかった
と言うことでしょうか。これは今後の課題とも言えますが、平地で2時間20
分くらいで行く分にはそれほど問題にはならないでしょう。しかし、18分台
とか言う数字に本気で取り組む時期が来るとするならば、その時はそういう挑
戦が始まるのでしょうね。楽しみ?恐ろしい?可哀想?

 

 小出義雄の職人芸

 「1世紀先のトレーニングをやる」市立船橋高―リクルートー積水化学と、
常に一線級の選手を育て続けてきた小出義雄監督の指導哲学です。

 「科学的トレーニング」が叫ばれて久しくなりますが、科学で既に明らかに
なっていることを復習するだけなら誰にでもできます。誰にでもできることを

忠実に再現したところで、いくらかの記録の伸びはあっても「世界で1番」を
取ることはどうでしょうね。
 人類の…って言うと大袈裟ですが、スポーツの発展の歴史はトレーニング方
法の先回りの歴史でした。まだ誰もやっていない、気付いていない方法、理論
をいかにして見つけ出していくのか、その果てしない繰り返しによって世界記
録は更新され続けてきたとも言えるでしょう。ただ、誰も気付いていないこと
には勿論科学のメスが入っていませんから、ともすると野蛮であるとか、非科
学的であるとか非難されることもあり、また実際、本当にムチャクチャなこと
もあるかも知れません。科学では「誰にでも通用する」「誰がやっても同じ」
になることを前提としていますが、小出義雄監督のトレーニングは「ヘン、俺
にしかできねぇだろ」って言って憚らないとことがまさに職人芸と言われる所
以でもあります。

 小出マジックに科学のメスが入り、全てが解明されるまでには、まだ相当の
年月を必要としそうです。しかし、それが明らかになる頃には、また次ぎの「
ヘン、俺にしかできねぇだろ」っていうトレーニングを見つけ出していること
でしょう。


 市橋 有里は失敗レースだったのか・・???


 「たら」「れば」を言っていてはキリがなのですが―もし、アリちゃんが始
めから銅狙い、あるいは入賞狙いであれば、それ相応の走りができるような力
・調子であったと思われます。しかし、セビリアの銀メダリストの決意は、あ
くまでも"金獲り"。高橋であれ、シモンであれ、ロルーペがいたとしても「何

処までも付いて行くぞ、行ける所まで行くぞ」作戦であったのでしょう。結果
は裏目に出たものの、2004年、更には2008年を狙える逸材のこの経験
は、Qちゃんの金メダルと同様、日本の貴重な宝物となったと言えるでしょう。
 
 スイス合宿で、セビリアの世界陸上の前よりもいい走り込みができたという
市橋選手。18Km地点のQちゃんのスパート、その後の3.20/1Km前
後のペースに付いて行けたこと自体が、その実力のUPを示しています。おそ
らく冬場の平地のレースであれば、2時間22、3分台か、それ以上で行ける
状態であったと思われます。
 これは良質な走り込みによって心肺機能がかなり高い水準まで向上しており
その上でシャープな仕上げをしてきたということでしょう。ところが、レース
後「足にきた。アップダウンを舐めていた。」と語ったように、心肺的な面で
ハイペースへの対応力はあっても、その水準での脚筋力が十分ではなかったと
いうことが考えられます。(このへんの理屈は来月号の「ランナーズ」を読ん
でね!)