岩国教会礼拝メッセージ

2018年2月18日(日)
礼拝メッセージ
12人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかったのである。
                 ルカ福音書18:34

 イエス様は、エルサレムに向かう旅の中で「今、私たちはエルサレムに上って行く」と宣言されます。イエス様にとって、十字架の死が待っているエルサレムの町が、そぐ目の前に迫っている時に、都に上ることを弟子たちの前に宣言しておられます。この時、いよいよ神様の御心に従って十字架の刑罰を受ける事を主ご自身、覚悟を決められた言葉として響いています。イエス様はエルサレムで起こる、受難の事を弟子たちに教えて行かれます。この意味を弟子たちをはじめ人間は理解できませんでした。神様の愛を理解しないものたちのために、十字架への道を進まれたイエス様の恵みを教えられます。
2018年2月11日(日)
礼拝メッセージ
「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
                 ルカ福音書18:24、25

 イエス様は議員が非常に悲しむのを見て言われます。この言葉は、この悲しむ議員に語られた言葉として、ここでは読むことが出来ます。自分の力によって神の国に入ろうとする者たちにイエス様は悔い改めを求め、自分の力、人間の業によっては永遠の命を受ける事が出来ないことを教えておられます。人は神の恵みによる以外、神の国に入る事はできません。そのために、イエス様は十字架の死を受けられたことを私たちは教えられます。私たちはこの主が成し遂げて下さった救いを共に喜び、感謝をささげましょう。
2018年2月4日(日)
礼拝メッセージ
はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。
                 ルカ福音書18:17

 主イエスは、とても強い言葉で弟子たちに教えておられます。イエス様は神の国は大人と子供たちが共に生きる世界としてお語りになりません。「神の国はこのような者たちのものである(16)。」と語られています。「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる(14)。」と告げられています。主イエスのもとに集まる者は、だれでも、高ぶる者からへりくだる者へと変えられます。自分が立派な大人だと思っている者も神様の前では、幼子に等しい者であると認める者へと変えられます。神の国においては、全ての人々が幼子として父なる神様から祝福を受ける事になるのです。
2018年1月28日(日)
礼拝メッセージ
言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は、低くされ、へりくだる者は、は高められる。
                 ルカ福音書18:14

 この譬え話ではファリサイ派の人と徴税人の二人の祈りの姿が示されています。神様は高ぶる者を低くし、「思い上がる者を打ち散らし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし」(1:51〜53)て下さるお方です。自分を正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人について主イエスは教えて行かれます。神様の恵は、自分を低くして神の前に罪を悔い改める事を教えます。御霊の導きによって神様に救いと憐みを求めて祈る者へと変えて下さることを教えられます。