私のホームページの画面は基本的に何の飾りも細工も無い文字のみの内容にしています。
私の喋りや即興演奏などのリンクは、時に私が色々な事を喋ったり、楽器などでの音実験をしたような場合にそれを(WMA,file)または(MP3,file)で載せています。
●が行頭に有る内容は私のページ文章リンクです。このページ製作も特に専用のプログラムを用いる事無く(WINDOWS,system)既存のメモ帳を用いて作成しさらにサーバーへの転送は。(FTP,program)を用いているので、全く特殊な関係のプログラムなどを用いずに操作しているのです。
アマチュア無線局の呼び出し方に(CQ)と言う方法が有ります。これは電波法的には「各局」と言う事なのですが、国から免許を受けて電波を出せる設備して通信出来るように許可された所を例えそれが、1個人の所で有ってもそれは、電波法的には「無線局」と言う事なのです。アマチュア無線局がそれに当たりまして、(CQ)と言うのは、アマチュア無線局だけの呼び出し方法では無いのですが、アマチュア無線局では「誰か通信しませんか。」と言う呼び出し方法の意味になります。私はこの事により18歳の頃から沢山の皆さんと出会えまして素晴らしい人生体験が出来ました。そして現在でさえも子供の頃からの視力障害者では困難な「電子工学」を学ぶ事が出来ての30年前の頃からは、電子技術的な基礎関係では不自由の無いとも言える現在迄に恵まれた人生なのです。
私は子供の頃から電子工学理論に基づく技術と電子機器の工作が好きでしたので、その技術を生かして音楽製作等含め楽しみながらそれを生活や職業に生かせて、これ迄の人生です。しかし私は折角過去60年間と言うもの、尤も私の思いにふさわしい時代だったと言うのに、眼が見えないばかりに、いくら努力してもその技術力が本物で有ると言う信頼が一般にはなかなか頂けずその専門学校に入る事さえも出来なかったと言う人生です。それでも友人の皆さんのご協力で工業学校の電子化を卒業したにふさわしい程の知識を得る事が出来た事により社会信用は頂け無い迄も、この歳になってもそれを生かせて、身の程心得た幸せな毎日を過ごしているのが現状です。そんな私でも本心はこの歳になっても、二つと無い人生が電子工学のエンジニアとしてその研究開発を本職と出来無かった事を心から残念な人生だったと思っているのです。そのような事から私の学んだ事は「実用電子物理」とでも、言えるような現実に即した内容が基本です。そして音楽もそのような基礎技術を根拠としての楽器の演奏法「操作方法」と言う事で、先ず覚えた旋律ならどのような楽器でも、その操作方法が判ると、楽しめる程度に知っているメロディーやコードなどの演奏が即興的にかのうなのです。
私は1955年「昭和30年」に、その頃の「真空管方式」による、ラジオ製作を始めたのでした。それからは運良く1958年11月5日付けで、電波法改正で「アマチュア無線制度に、電話級と電信級」とが設けられ、障害者には電話級のみ与える。と、言う事になったのでした。そこで翌年の1959年「昭和34年4月期」からの受検が可能になり、学生だった私は当然受検して、障害者では日本で最初の「電子工業系」の免許取得出来たのでした。その後1965年「昭和40年」の秋の頃に電信級も許可になり、1966年「昭和41年」の4月期から受検出来るようになったのでした。その後さらに時代が進み1978年「昭和53年」の、電波法改正で「第1級と第2級」と、全ての「アマチュア無線技士」の資格が取れるようになり当然私は受検したのです。文字が点字と言うだけで他に全く無条件でのまだ、とても厳しいじだいの受検方でした。その資格の権限も当然障害者で無い方と変り無く、その時代としては「関係の技術知識が専門的に有る者」として、特に「電子工業関係」の方から高く認識される時代でしたので私は子供の頃からの人生目的だったもので、それを果たす事が出来たのでした。この全ての受検を最初から行い免許取得している者は現在どうやら日本の視力障害者では私一人のようなのです。しかも私は「ペーパーライセンス」では無く、現在も「実用電子物理」と言う認識でその技術はパソコン時代と言われる現在も特に不自由無く、基礎知識を生かしているのです。
その頃から「デジタルIC&LSIなどが部品として手に入るようになり、それらを学ぶチャンスも獲て、アマチュア無線のライセンスが取れ、電子技術関係の実用理論にも不自由無いと言える頃の1979年「昭和54年」に、友人から譲って貰った「Lキット16」と言う、ワンボードコンピュータとその頃言われていた「機械コンピュータ」で、コンピュータ原理の基本を学ぶ事が出来たのでした。そして1980年「昭和55年」に、事務機方コンピュータと言える現在のスタイルの基本とも言える「マイクロコンピュータ」が可也安くなって出た頃から世間にそのようなコンピュータが少しずつ出始め、それでもまだ余り一般的では無かったようでした。そのような頃の1981年「昭和56年」に、同じコンピュータを友人から譲って頂いたのを初めとして私は「コンピュータプログラム」開発、製作を、熱心な友人の助けを頂きながら始めると言うチャンスを頂き、その頃は暫く「時代を先取りする」と、言えるような体験をしながらの人生でした。それからの発達により、20年前の頃から基本的な人生目的に大きな不自由が無くなり、若い頃から犠牲にしていた、音楽関係やオーディオ機器関係との技術を地味ながらも実際に実現するようになったのが1997年の頃からでした。
「2004年8月23日TIKIより許可。」2012年1月13日修整。