The Story of Art Gallery Coffee shop Memories 19.〜約束〜後日談、ある日の恵子さん |
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「お邪魔しま〜す」 恵子は、とんとんとん! と弾むように茶館の階段を上る。 疲労から高熱を出して、瞳子が寝込んでしまったと慎吾に聞かされた。 慎吾は実家のお母さんに来て貰おうと思っていたようだが、どうしても都合が付かないらしい。 あいつは気が利かない熊……いや男だし、瞳子ちゃんは女の子だし……。 ベッドから、起き上がる事もままならないでは重症だ。 ならばここは私、恵子さんの出番でしょう! 腕まくりをした恵子は、意気揚々と瞳子の看病を引き受けた。 こんこんと、少し遠慮がちに白い扉をノックする。 「あ、はい、どうぞ……」 部屋の中から、瞳子の微かな声が聞こえた。 「瞳子ちゃん、こんにちは」 あまり音を立てないように、そっと白い扉を開ける。 (わぁお、瞳子ちゃんのお部屋だ〜) なんとも不謹慎な事を考えながら、恵子は部屋へと足を踏み入れた。 「瞳子ちゃん、どうかな?」 「こんにちは、ごめんなさい恵子さん」 起き上がろうとするパジャマ姿の瞳子を、恵子は慌てて押しとどめた。 「こらこら、起きたりしないの。ほらね、私が言ったでしょう。気を張って無理していたのよ」 「はい……」 「気にしなくていいから、ちゃんと寝てなさい」 瞳子はどうにも真面目過ぎる。 そんなことを思った恵子は瞳子の顔を見て、ふとある事を思い出した。 「瞳子ちゃん」 「……え?」 恵子はじっと、瞳子の瞳を見つめた。 やっぱりそうだ。 瞳子本人が気にしているかも知れないので恵子は口にしないが、瞳子の瞳は何故か紫色に見える。ここのところその綺麗な瞳が、真っ黒なガラス玉のように感じられたので、恵子は密かに心配していたのだ。 「ううん、何でもない。 ほらほら、寝て寝て」 可愛いパジャマ姿を、堪能出来ないのは残念だけど。 恵子は布団を掛け直し、何気なく部屋の様子を見回してみる。 多少彩りには欠けているものの……瞳子らしさを感じる、きちんと整理された部屋だ。 ベッド脇のサイドボードに揃えられている、洗面器や新しいタオル。 これは、瞳子の体を拭くための物だろうが……。 (これ誰が? まさか慎吾が? いやいや、そんな事ないわよねぇ) 「あの、恵子さん」 「あ〜ははは、なっ何!?」 「?」マークを連発する恵子は、階下の様子が騒がしい事に気が付いた。 「外の様子が騒がしいみたいなんですけど、何でしょう……?」 「私が様子を見てくるわ、横になっていなさいね」 恵子は、すっと椅子を立った。 とんとんと階段を降りて、茶館の裏手の扉を開けた恵子は驚いた。 「ああ、恵子さん。こんにちは、瞳子さんの具合はどうですか?」 商店会長が柔和な笑みを見せる……のはいいのだが。 会長の後ろにずらりと並んでいるのは、中央通り商店会の面々。 肉屋に魚屋、八百屋に……あれ? 駅前通りの連中までいるのはどうしてだろう? ああ、もう見ただけで数えるのがめんどくさい。 「どうしたんです? また商店会の皆さんが勢揃いで」 「いやいや。瞳子さんが倒れたと、もう商店街中が大騒ぎなんですよ。瞳子さんの体に障ってもいけないし、私が様子を聞いてくるといったんですがねぇ……」 困った顔の会長が、のんびりと言った途端。 花やら何やら手にした商店会の連中が、わあっと一気に押し寄せて来る。 驚いた恵子は咄嗟に、ばたんと扉を閉めてその前に陣取った。 「ちょっと待って、いい加減にしなさい。アイドルの追っ掛けかお前らはっ!」 次々と突き出される品を、恵子は懸命に押し返す。 「こら魚屋っ! 病人に刺身なんぞ差し入れするなっ!」 「そこっ! 病人に鉢植えの見舞いなんぞ持って来た馬鹿は、前に出ろっ!」 だんだんと、乱暴になってくる恵子の口調。 ぶっつり……。 一生懸命に宥めていた堪忍袋の緒が派手な音を立てて切れ、恵子は肺一杯に空気を吸い込んだ。 「がたがた騒ぐなっ! 瞳子ちゃんの体に障るだろうがっ! 見舞いに来た奴はおとなしく一列に並べっ!」 恵子の剣幕に、瞳子への見舞いの品を持って、わいわいと騒いでいた商店会の面々がぴたりと静まった。 ふーふーと肩で息をする恵子を、皆一様に恐ろしい魔物でも見るような目で見ている。 恵子がぎろりと睨むと、慌てて皆が一列に並ぶ。 「行儀が良くてよろしい。さて、一人ずつ受け付けましょうか」 眉をぴくぴくと動かし、口元を引きつらせた恵子が壮絶な笑みを浮かべた。 「……まったく」 気持ちは分かるが、程というものを知らんのか。 見舞いの品を両手に抱え、のしのしと茶館の廊下を歩く恵子は、ふっと笑みを漏らした。 瞳子の存在は、ちゃんと中央通り商店街で暮らす、皆の心に浸透しているようだ。 「あら?」 瞳子の部屋の前まで来た恵子は、部屋の中から聞こえてくる話し声に気が付いた。 「ええ? お客さん? どうして? どこから入ったの?」 恵子は扉の前で立ち止まった。 微かに聞こえてくるのは、落ち着いた優しそうな声。 『それじゃあね……また様子を見に来るから、大事にしなさい』 「わわわわわっ!」 足音が聞こえる、誰か知らないが、どうやら帰るところらしい。 恵子は慌てて扉から離れた。 しかし、いつまで待っても扉は開かず、部屋からは誰も出てこない。 「あれ?」 恵子は首を捻りながら部屋の扉を開けた。 「瞳子ちゃん?」 しかし、部屋の中には人など居ない。 そして、瞳子もベッドで静かに寝息を立てている。 「あらま」 ひょっとして寝言? 腕を組んで考えていた恵子だったが。 「まぁ、いいわ」 抱えていた品を丁寧に床へ置くと、瞳子の額に手を当ててみる。 ひんやりしている、これならもう大丈夫だろう。 「ゆっくり休みなさい、頑張り屋の瞳子ちゃん」 ベッドの端に寄せた椅子に腰をおろし、恵子はくすりと微笑んだ。 |
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