The Story of Art Gallery Coffee shop Memories 26.DAY DREAM OF THE AFTERNOON |
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朝早く、かさかさと音を立てる枯れ葉を箒で集めていきます。 降り注ぐ日差しは、街を覆う冷たい空気を温めるほどではなく。箒を握る手の指先と鼻の頭がちょっと冷たくて、私は箒を抱いてそっと吐く息で手を温めます。 「綺麗なぁれ、綺麗なぁれ〜」 首に巻いたマフラーと、私の長い髪がリズミカルに舞っています。 黒服を着て、箒を振り回す私はまるで魔女です。 茶館の前で踊るダンスのお相手は、使い込んだ長い柄の箒。くるくるっと回ってゴミを集め、さっとちりとりの中へと掃き込みました。 ゴミ箱にぽん、蓋をぱたん。 これで、茶館の周りはすっかり綺麗になりました。 箒を片付けようとしていると、茶館の前に停まった二台の大きな車。そのうちの一台は、鮮烈な赤い色の外車です。 こんな大きな外車を、私は中央通り商店街で一度も見掛けた事がありません。 早朝から、道にでも迷ってしまったのでしょうか。 車の大きなドアがゆっくりと開き、一人の女性が降り立ちました。 胸元に揺れるネックレス、私には想像も出来ないほど豪華な毛皮のコートがその体を包んでいます。 朝日を弾く、緩やかなウェーブの長い髪。整った顔立ち、特に目を引くのは赤く染められたその唇。 「おはよう、今朝はよく冷えるわね。早くからお掃除かしら、仕事熱心なのね」 「あっ、おはようございます!」 箒を手にしたまま颯爽とした女性の姿をぽかんと見ていた私は、慌てて箒を背中に隠して会釈をします。 そんな私を見つめている女性は、とても楽しそうです。 「ほんとに可愛いわ。この小さなお店に隠しておきたくなるのがよく分かる。ねぇ、瞳子さん?」 「え?」 何の事でしょう。 首を傾げた私を見つめる女性が浮かべた微笑。赤い唇の端を上げたそれは、たちまち身も凍るような邪悪な微笑みに変わりました。 「連れて行きなさい!」 女性が鋭く言い放った瞬間。 紅い車の後ろに停まっていた黒い外車から、黒いスーツ姿の男達が数人、ばらばらと勢い良く飛び出してきました。皆一様にサングラスを掛けていて、表情がまったく分かりません。 私は扉を開けて茶館へ逃げ込もうとしましたが、男達に腕を掴まれ強く引っ張られました。 「だ、誰かっ!」 悲鳴を上げようとしましたが、大きな手で布を口にあてがわれ声を出すこともままなりません。 私は必死でもがきながら、とっさに襟元からリボンタイをむしり取って店内へ投げ込みました。 「おとなしくなさい、痛い思いをしたくないでしょう?」 取り押さえられた私に顔を寄せてそう囁く、女性の冷たい笑み。 「もたもたしないで、さっさと乗せて頂戴」 私は男達に、黒い外車へと押し込まれてしまいました。 目隠しをされた上に猿ぐつわを咬まされ、両手両足も縛られてしまい自由を奪われた私に為す術はありません。 恐怖と不安が心に覆い被さり、車の振動に怯え止まりそうになる心臓。体が強ばり、何も考えられなくなってきます。 私の意識は次第に遠のき、ついに闇へ閉ざされました。 ☆★☆ 「う……」 自分の声が聞こえ、私はゆっくりと目を開けます。 次第にはっきりとしてくる、ぼんやりとした意識。いったいどれくらいの間、私は気を失っていたのでしょう。 「むーっ!」 椅子に座らされてきつく縛られている体、ロープが体に食い込み私は小さく悲鳴を上げました。 酷い痛みでしばらく体に力が入らず、ぐったりとしていた私はようやく顔を上げて、周囲を見回します。 自分の身に、一体何が起こっているのか分かりません。 (慎吾さん、遙さん……) 思わず泣きそうになるのを堪え、私は自分が居る場所を見回します。 テーブルと椅子だけが置かれた薄暗い部屋。窓は厚いカーテンに阻まれて、外の様子が全く分かりません。長い間使われていなかったのか、床には白く埃が積もりカビの臭いが鼻をつきます。 これから私はどうなってしまうのかと、悪い想像ばかりが頭をよぎり、どうにかなってしまいそうです。 私を誘拐したって、身代金を要求する相手などいないのに……。 憔悴している私の耳に、ふと部屋の外の話し声が聞こえてきました。 私を縛ってここへ連れてきた男達でしょうか。 息を殺して、そっと聞き耳を立ててみます。 (なかなかいい女じゃないか) (馬鹿野郎、妙な気を起こすんじゃねえ。姐さんに呪い殺されるぞ?) (そうだな。いやいや、おっかねえ。まぁ、用済みになるのを気長に待つとするさ) 扉越しに、身の毛もよだつ会話が聞こえてきます。 「姐さん」というのは、あの紅い車の女性でしょうか。 冗談ではありません、私の胸にふつふつと怒りが沸き上がってきます。 ロープで縛られてこんなカビ臭い部屋に閉じこめられるなんてっ! 頑張って一生懸命にもがいてみますが、後ろ手に縛られたロープは弛む気配すらありません。 私はしばらく奮闘していましたが、とうとう怒りより絶望が勝ってしまい、心が折れてしまいました。 どうしようもなく、うなだれてぐすぐすと泣いていると扉が開く音が聞こえました。 コツコツと、近づいてくる足音。顔を上げると私を冷めた表情で見下ろし、あの女性が薄い笑みを浮かべています。 この色褪せた部屋になど似合わぬ豪華な衣装。 女性は私に近づくと、赤いマニキュアで飾った長い指を差し伸べてきます。 「うふふ、目が覚めたのかしら?」 ひんやりと冷たい指先が私の顔を上向かせ、ゆっくりと私の顔の輪郭をなぞり、頬を伝う涙を拭いました。 「少し我慢しなさいな、子猫ちゃん」 「むーっ」 神経を逆なでする嫌な笑い方です。 激しく体を揺すって抗議してみますが、まったく言葉を発する事が出来ません。 「あら、なぁに? よく聞こえないわ」 楽しそうな様子の女性は、さらにサディスティックな笑みを浮かべます。 「貴女のナイトも、さすがにここは分からないでしょうね。尾行にも細心の注意を払ったわ、あ・き・ら・め・な・さ・い、あはははははっ!」 毒蛇のように私の黒髪に巻き付き弄ぶ指先。 絶望という名の剣で私を痛めつけようとする女性が恐ろしく、私は顔を背けて堪えます。 その時でした。 『何だお前は!』 『この野郎っ!』 扉の外から激しく揉み合う音と、怒号が聞こえてきます。 何か重たい物が、床に幾つも落ちるような音が響きました。 何が起こっているのでしょう? 「どうしてこの場所がっ!」 女性が叫んだ瞬間でした。 部屋に飛び込んで来た黒い影が、まるで雷光のように女性へと迫り。 「うっ」という呻き声と共に、女性が体を折り曲げます。 急に訪れた静けさに不安が増した私は、不自由な体で身動ぎしました。 「大丈夫か、瞳子?」 黒い影が発したその声に、私は大きく目を見開きます。 しばらく信じられませんでした。身を堅くした私の目に映ったのは、慎吾さんの大きな体でした。 (し、慎吾さんっ!) 猿ぐつわを咬まされているので、私が実際に出した声は「むーっむーっ」という情けない呻き声。 黒い革のロングコートを羽織った慎吾さんは、気絶させた女性をベッドへと放り投げ、猿轡と体を縛っているロープを解いて下さいました。 「し、慎吾さん、慎吾さんっ!」 緊張の糸が切れたのか、涙が後から後から溢れてきます。 何度も何度も慎吾さんの名を呼び、自由になった両腕でしっかりと慎吾さんに抱き付いた私は声を上げて泣き出してしまいました。 「怖かったな、もう大丈夫だ」 慎吾さんの逞しい腕が、優しく抱きしめて下さいます。 大きな手で髪を優しく撫でられ、幾分落ち着いた私はしゃくりあげながら慎吾さんの精悍な顔を見上げました。 「あの、どうしてここが?」 「まぁ、色々とな……。そうだ、大切な物だろう?」 私の問いに曖昧な答えを返した慎吾さんは、懐から私のリボンタイを取り出しまし た。 「あ、ありがとうございます」 「さて、この陰気な場所から逃げるぞ、ひとりで立てるか?」 涙でくしゃくしゃの顔で、受け取ったリボンタイを襟に留めて頷いた私に、 慎吾さんは、にっ! と、少年のように笑いました。 凍えた魂に、再び温かい火が灯るようなその笑顔。 大きな身体で私を庇いながら手を引いて、扉を開けた慎吾さんは懐に右手を入れます。 その大きな手に握られた物を見た瞬間、私は凍り付きました。 慎吾さんが握るのは、鈍い光を照り返す大きな黒い拳銃。この国では決して手にしてはいけない武器です。 なぜ? どうして? と怯える私の手を取った慎吾さんは、辺りを伺いながらそろりそろりと廊下を進みます。 「怖いか?」 「い、いいえっ!」 「上等だ」 思いっ切り強がりなのですが、慎吾さんは満足そうに頷いて片腕で拳銃を構えたまま進みます。 廊下に倒れ伏しているのは黒服の男達。 皆昏倒していて、誰一人立ち上がる気配すら見せません。慎吾さんが打ち倒したのでしょうか? 扉を開けて外に出ると、すでに日が暮れつつあります。血の色を感じさせる茜色の空に、不吉な予感が頭を過ぎりました。 建物から出て辺りを窺うと鬱蒼と茂る森の中、振り返ればその建物の姿はまるで幽霊屋敷のように古びた大きな洋館です。 覆い被さってくるような、あらゆる負の感情を呼び起こすその不気味な存在感。 尖った屋根には、羽を休めじっと私を見つめている沢山のカラス。彼等が突如として襲い来るような恐怖に、私は身震いしました。 洋館の扉の周りに倒れている、黒服の男が数人。呻き声も上げない男達の様子を恐る恐る見ていると、 「瞳子、早く乗れっ!」 慎吾さんが、紅い車のドアを開けました。 私は慌てて助手席へと飛び乗ります。シートベルトを締めると同時に、車は急発進しました。 ☆★☆ 不吉な姿をした洋館を後にして、車は暗い暗い森の中を抜けて山道を疾走します。 ヘッドライトが照らすのは、闇から湧き上がる道と過ぎゆく錆びたガードレール。私はいったいどのくらい遠くへと、連れてこられてしまったのでしょう。 車内には風切り音と、タイヤが道を掴む音だけが響きます。 いつもの一日となるはずだったのに、温かい日常が手の届かないところへ行ってしまったような気がして、重ね合わせた両手をぎゅっと握りしめ私は悲しくなりました。 車のハンドルを握っている、慎吾さんの横顔をそっと盗み見ます。 間違いなくいつもの慎吾さんなのですが、どこか違う世界の人のように感じられるのです。 「どうした?」 「……いいえ」 何を答えることも、何を問いかけることも出来ずに私は俯きます。 そしてしばらく逡巡した後、口を開こうと決心したとき、慎吾さんが鋭く舌打ちしました。 「追っ手か……一台だけだと? なめるのもいい加減にしろよ」 とたんに後方から、車内を刺し貫くヘッドライトの光。 「頭を低くしていろ、瞳子!」 鋭く言い放つ慎吾さん。 その瞬間、破裂音と共に車の右サイドミラーが粉々に砕け散りました。 「きゃあああっ!」 金属を打ち付ける音が、立て続けに車内へと響きます。 私は悲鳴を上げ、頭を抱えて身を縮める事しか出来ません。 「まったく、やりたい放題にやってくれるな」 激しく蛇行しながら疾走する車に乗っているだけで、私はパニックに陥りかけているのに。 慎吾さんは恐くないのでしょうか、いつもの落ち着き払った口調です。 「瞳子、耳を塞げっ!」 その声に驚いて慎吾さんを見ると、右手には拳銃が握られています。 急激にスピードを増す車。 私はぎゅっと目を瞑り、体を丸めて両手で耳を塞ぎました。 その途端、前に投げ出されそうになる体。 同時に目を瞑っていても感じる、横方向に回転する強い力。 耳を塞いでいてもなお耳に響く、車のタイヤが凄まじい悲鳴を上げました。そしてふわりと体が浮かぶような、不安定な感覚に気が遠くなった瞬間。 体を揺さぶる轟音が、二回聞こえました。 「もう、体を起こしても大丈夫だ」 私がそーっと顔を上げると、砕けたフロントガラスを拳銃で砕き、さっと懐へしまった慎吾さんが笑います。 「気絶していないのか。なかなか度胸があるな」 真っ直ぐに走っている車の左のサイドミラーに、闇夜を焦がすように吹き上がる炎が見えました――。 「さて、茶館に帰るぞ」 暗闇の中へと伸びて行く道を走り続けます。 なんとか意識は保っているものの、私の体はがくがくと震えています。 グラスへと静かに満たされていた水を、いきなり床へと撒き散らされたような衝撃。 私は両手で肩を抱きしめて、唇をきつく噛みしめました。 こんな時、何にすがればいいのでしょう。 おばあちゃん、園長先生、おばさん、遙さん、恵子さん……。 考えつく限り、私に優しさを分け与えて下さった人々の名前をつぶやく私は、嗚咽を堪えきれずに体を折り曲げたまま泣き続けました。 ☆★☆ 私にはもう、どこをどう走ったのか理解することが出来ませんが、車は茶館の前に停まりました。 窓から明かりが漏れる小さなお店を目にして、嬉しさと安堵が一度に押し寄せてきます。涙を拭った私は、慎吾さんの険しい表情に気が付きました。 「し、慎吾さん!?」 慎吾さんは、再び懐から拳銃を抜いて弾を確認しています。 「気を抜くなよ、瞳子。本当の敵はここにいる」 そう言った慎吾さんが、車のドアを開けました。 「行くぞっ!」 「ま、待って下さい!」 私も慌ててシートベルトを外し、ぼろぼろになった紅い車を降りました。 慎吾さんが扉の窓から中の様子を窺い、慎重に扉の取っ手へと手を掛けます。 そこで一度手を止めて深呼吸した慎吾さんは、扉を開けて勢い良く店内へと踏み込みました。 静寂が支配している店内。 飾られている絵達は脅えている事もなく落ち着いていて、いつもの温かい雰囲気です。 そして、慎吾さんがゆっくりと銃口を向けた先には……。 ゆったりと椅子に腰掛けて、窓の外を見ている女性の姿。 綺麗な栗色の髪が、微かに揺れました。 「まったく……あきれたわ」 その声に、私の心臓が高鳴ります。 「はっ、遙さん!」 ゆっくりと椅子から腰を上げて振り向いたのは、やはり遙さんです。 いつも私を包み込んでくれる、優しさも温かさも感じられないその表情。黒いジャケット姿、血のように赤い飾り石を留めたリボンタイ。 私は目を見張りました。 彼女が手にしているのは――。 私が昨日の夜に作って冷蔵庫に入れていた、大きなケーキなのです! 右手に持った銀色のフォークを、まるで一振りの剣のごとく静かに振り上げて、ぴっ! と私と慎吾さんに突きつけた遙さんは、陶酔したように怪しく輝く栗色の瞳を細めました。 「まったく、本当に使えないわね。私がこのラズベリー&カスタードクリームのベイク……うきゅ!」 冷たい口調で語る遙さんが、妙な声と共に顔をしかめました。 「うきゅ!」って……遙さん、舌を噛んでしまったのですね。 ちなみに私が作ったのは、自信作『ラズベリー&カスタードクリームのベイクドチーズケーキ』です。 「う〜」 口を押さえて目に涙を滲ませた遙さんは唸りながらも、なお鋭い視線を私達に投げかけます。 「わらひがひょのひぇーひをたへおへるまひぇにょ、あひとめみょれきなひなんてっ!」 訳)『私がこのケーキを食べ終えるまでの、足止めも出来ないなんてっ!』 緊張感がまったく無い、遙さんの威嚇。 脱力感を感じて隣に立っている慎吾さんをちらっと見ると、遙さんの視線を真っ向から受け止めるように険しい表情です。 「瞳子にきちんと断ってから食べればいいだろう!」 慎吾さん、それはちょっとずれていますよ? 「ふふふ……笑わせないでよ慎吾。この幸せが理解出来ないのかしら? いちいち断っていられないわ。そうよ! お腹が空いた時が食べ頃なのよっ!」 うっとりとケーキを見つめる饒舌な遙さん、どうやら舌の痛みは去ったようですね。 「よくしゃべるよな……お袋、噛んだ舌は大丈夫なのかよ?」 「う、うるさいわね。この凧っ! 糸が切れてふ〜らふらっ! 悔しかったらじっとしていなさいよっ! たこたこたこっ!」 せせら笑う慎吾さん、いきり立つ遙さん。 ……もはや、親子喧嘩の様相です。 ふたりを止める事を忘れて、私が呆然としていると。 「誰がタコだっ、成仏させるぞお袋っ!」 「何よ、やる気っ!? 誰が丈夫に産んでやったと思ってるのよっ!」 慎吾さんが銃を構えるよりも早く、遙さんの左手が閃き……。 すぱーんという派手な音とともに、電光石火の勢いで飛んで来たケーキが乗っているお皿が、慎吾さんの顔面に張り付きました。 「ふわっ!」 心底驚いた私は両手で口を覆い、愕然とした遙さんと後ろへ飛ばされた慎吾さんを見比べます。 「し、慎吾さん、慎吾さんっ!」 「あーっ、私のケーキっ!」 私と遙さんの叫び声は、ほぼ同時でした。 入り口の扉に背中を打ち付け、ずるずると床へ崩れ落ちる慎吾さんの大きな体を支えようとして駆け寄った私は、一緒に床へと倒れ込みました。 何とか慎吾さんの体を抱え起こすと、お皿を顔に貼り付けたままの慎吾さんが「む〜っ」と、唸り声を上げています。 「遙さん、何て事をするんですかっ!」 酷いです、いくらなんでもケーキを乗せたお皿を投げつけるなんて。 呆然自失といった遙さんの姿が、涙で滲んでぼやけてきます。 優しい人だって信じていたのにっ、涙がぽろぽろと溢れ出して止まりません――。 「遙さんっ!」 叫んだ私は、両手でカウンターを力強く叩きました。 ……え、カウンター? 力任せにカウンターを叩いて、じ〜んとしびれている両手。 顔を上げると、ぼんやりした頭のままで辺りを見回します。光が眩しくて数回目を擦った私は、目 の前で固まっている遙さんと目が合いました。冷蔵庫の前で、何やらぎこちない笑みを浮かべている遙さんが手に持っているのは。 「あ、それはっ!私が作ったラズベリー&カスタードクリームのベイク…うきゅ!」 し、舌をかみまひた。いっ、痛いれす……。 私は両手で口を押さえて、カウンターへと突っ伏しました。 「わたひがねひぇいるあひたに、なにひゅまみくひひているんれひゅかっ!」 訳)『私が寝ている間に、なにつまみ食いしてるんですかっ!』 勢い良く顔を上げて、握った両手をぶんぶん振りながら喚くと、 「だって、お腹が空いたんだもん」 ……それを目にした者は、許してしまわずにはいられない。 遙さんの拗ねたような可愛らしい上目遣い。 そしてその途端に遙さんは、にまっと意味ありげな笑みを浮かべて私を見つめました。 「よく寝ていたわね、瞳子ちゃん。何の夢を見ていたの〜? そう言えばなんか叫んでたわね〜」 「え、ええ? あにょお」 うまくしゃべる事が出来ません、まだ舌が痛いです。 「し、慎吾さんっ!」 「きゃああっ!」 「慎吾さーんっっ!」 ケーキを乗せたお皿を持ったまま、遙さんがくるくるとお店の中で踊っています。 「やめてくださいっっ!」 私はとんでもない夢を見てしまいました。 鏡に顔を映せば、私はきっと真っ赤な顔をしているのでしょう。ケーキならいくらでも差し上げます、お茶だってすぐに淹れます。 だから叫ばないで下さいっ! お願いです遙さん。 幻想です、妄想です、気のせいです、みんなみんな夢なんですっっ! |
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