ミネルバの翼 「12.廃墟を護る聖女 (前編)」
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強い太陽に炙られながらジュエル号が進むのは、なだらかで小さな丘が何処までも続く丘陵地帯。視界には薄い筋状の雲が広がる空の青と、地平線の赤茶色と
の境界がくっきりと分かれて見える。背が低く乾いた土地でも生育する植物がちらほらと見かけられるだけで、他の植物は何も自生していない。 この辺りには居住コアも無く、あまりに厳しい環境のため暮らしている人はいないだろう。 しかしその環境は、旅をする運搬船にとっては利点になる。 この辺りは身を隠す場所が少なく、従って盗賊達も待ち伏せなどする事が出来ない。ジュエル号は襲撃者への警戒を緩め、のんびりと航行していた。 ジュエル号の後方にある大きなドーム状の展望台で、溜息混じりにぼんやりと流れる景色を見つめていると。 突然、地震のように足下から大きな揺れが突き上げて来た。大きく揺れる船内でクルー達が騒然とする。堪えきれず倒れそうになった僕は慌てて手摺を掴んだ。 どうやら、ジュエル号が急激に減速したらしい。 『ブリッジより各員に通達、至急警戒態勢に移行! 繰り返します、ブリッジより各員に通達、至急警戒態勢に移行して下さい!』 けたたましい警報と共に、船内へ流れるミホロさんの緊迫した声。クルー達も驚いたように動きを止め、船内に流れる放送に耳を傾ける。こんな場所で襲撃なんて、いったい何が何処に隠れていたんだ? 「ガディさん、どうしたんですか!」 「来たか、坊主。盗賊の類なのかまだわからねぇが、船の進路に装甲兵が立ちはだかっていやがる」 僕がブリッジへと駆け込むと、キャプテンシートに座るガディさんがざらつく顎を撫でながら眉根を寄せている。 「このまま睨み合いじゃ、どうにもならねぇな。威嚇で一発ぶっ放してみるか?」 そう言って、にやりと不敵な笑みを浮かべる。 ガディさんは豪快な男だが、いつも慎重で冷静な判断を下す。己が判断を誤ればクルー達の命に関わる、その重責を担っている事を充分に承知しているからだ。 僕はブリッジの遙前方に目を凝らした、確かに一機の装甲兵が滞空してい る。 あれはブレイバーと同じ「VX−4F型」じゃないか? 「前方の機体、モニターに出せますか?」 僕がそう問うと、ブリッジの天井から吊られているモニターにジュエル号の前で滞空している機体の姿が拡大して映し出された。 やっぱり、間違いない。白を基調としたカラーリング、量産機らしい特徴に乏しい機影。 「何事なの!?」 真剣な表情で、ブリッジへ駆け込んで来た美鈴さん。 僕が説明するより前に、モニターの拡大映像へ目を移した美鈴さんの黒曜石の瞳が、一瞬にして大きく見開かれた。 「メノア!」 美鈴さんの鋭い叫び声。 「ミホロ、通信機を貸して!」 「あ、はいっ!」 その剣幕に驚いて、ブルーの瞳をぱちぱちとさせたミホロさんが慌てて通信機を渡す。 美鈴さんは受け取ったヘッドセットを耳に当てて、マイクの位置を調整すると発信する周波数を合わせるためにダイヤルを捻る。 「メノア、聞こえる? 私よ、美鈴! 応答しなさいメノア、メノア・リグレイ!」 美鈴さんが何度も呼びかけを繰り返すが、答えは返ってこない。 「メノア、答えなさい!」 厳しい表情で叫ぶ美鈴さんは、苛立たしげにヘッドセットを外して赤く染めた唇を噛んだ。 「メノアって、まさか……」 僕にはその名前に覚えがある、美鈴さんと初めて会った時に聞いた名前だ。 美鈴さんと同じ部隊の人だったはずだけど。 だとしたら、あの機体はやはり「VX−4F型」だ。 「リスティ! ブレイバーは出られる!?」 「は、はい! 大丈夫です!」 鬼気迫る美鈴さんの表情に、僕は驚いて頷く。 美鈴さんは僕の答えをみなまで聞かず、身を翻すとブリッジを飛び出してしまった。 長い黒髪をなびかせる美鈴さんの後ろ姿を見送った後、僕はもう一度モニターを凝視する。 白い機体の左肩に描かれているエンブレムは、剣を抱いた美しい女神だ。そして記された機体番号は「MINERUBA 06」ブレイバーの機体番号は「MINERUBA 02」美鈴さんと同部隊に所属する機体の証だ。 ジュエル号の進路の真っ正面で滞空している「MINERUBA 06」は、まったく動きを見せない。停止しているジュエル号も、迂闊に動く事が出来ない膠着状態。 しかしエレベーターに乗ってカタパルト上に姿を現した、ブレイバーのフライト・ユニットが折り畳まれていた翼を広げた次の瞬間。 それまで動くことがなかった「MINERUBA 06」が、いきなりライフルを斉射した。一条のエネルギー弾がブレイバーのすぐ脇を掠め、発進準備を進める真紅の機体を照らす。ブレイバーを掠めたエネルギー弾は、ジュエル号の船体……外装の一部を焼け焦がした。 「美鈴さん!」 エネルギー弾が掠めた船体が激しく揺さぶられる、僕はブリッジの風防にへばりついて叫んだ。 駄目だ、あのままでは狙い撃ちされてしまう。 だがそれは、美鈴さんもよく分かっているようだ。ブレイバーはカタパルトを使用せず、数歩ステップを踏むとフライト・ユニットを最大出力にして轟音を響かせ、空へと舞い上がった。 ☆★☆ 「メノア、私に気付かないの?」 発信する周波数に間違いは無い、通信は届いているはずだ。 機体が真紅に塗り替えられたので、ブレイバーだと分からないのだろうか ……。 いや、識別信号は発信されているはずだ。攻撃するする気がないことを示すためにブレイバーは武器を装備していない。気持ちばかりが焦る美鈴は、操縦桿を強く握りしめた。 「メノア、メノアっ!」 美鈴はブレイバーの通信機で何度もメノアが搭乗していると思われる「MINERUBA 06」へ向けて呼びかける。 あの日、秘匿通信を使って不安を打ち明けた、メノアの震える声が耳に甦ってきた。 「お願いだから返事をして!」 『うるっさいなぁ、もう!』 すがるような気持ちで通信機のマイクへと叫んでいた美鈴は、コクピット内に響いた声を耳にして凍り付いた。 それは、メノアの声ではない。 頭が混乱している美鈴は、もう一度呼びかけようとしてその言葉を飲み込ん だ。 『さっきからメノア、メノアって。あたしは名前が違うんだから、返事のしようが無いでしょっ!』 癇に障る少々トーンが高い声。まだ少女のような声が紡ぐ言葉がたどたどしい。 『痛い目を見ないうちに、さっさとここから消えなよ!』 「MINERUBA 06」が高く舞い上がり、ブレイバーへとライフルの銃口を向け る。 「くっ!」 瞬時に思考を戦闘態勢に切り替えた美鈴は、浴びせかけられるライフルのエネルギー弾をすんでの所で回避した。 どうやら「MINERUBA 06」に登場しているのは、メノアではないらしい。 「どうして……」 喉の奥から絞り出す声が震えている、美鈴が操縦桿を折れんばかりに強く握りしめた。 「どうしてメノア以外の者が、そこにいるっ!」 激高した美鈴が、「MINERUBA 06」へ向かってブレイバーを突進させる。 激情に駆られたその行動は、普段の美鈴からはとても考えられない。何しろブレイバーは、肩部に内蔵されているバルカン砲以外の装備を全て外しているのだ。 しかし、凄まじい勢いで迫るブレイバーに「MINERUBA 06」のパイロットは恐怖を感じたようだ。 慌てた様子で、ライフルを乱射しながら後退する。 でたらめに放たれる数発のエネルギー弾が、ブレイバーの右肩と左脚部を掠め、高速で飛行するブレイバーの姿勢がぐらついた。 しかし美鈴はすぐさま怯んだ機体を立て直し、浴びせ掛けられるエネルギー弾に構わずさらに加速する。ブレイバーは「MINERUBA 06」へ激突するほどの勢いで迫り、機体を急激に回転させた回し蹴りでライフルを叩き落とした。 間髪を入れずに「MINERUBA 06」の機体を捕まえ、胸部装甲に強烈な膝蹴りを見舞う。そして膝蹴りを受けてのけぞった「MINERUBA 06」の頭部を、ブレイバーのマニュピレーターが鷲掴みにした。 「今すぐに、その機体から降りろっ!」 『待って下さい、少尉! 李 美鈴 少尉!』 長い黒髪を振り乱して叫び声を上げた美鈴が、荒れた大地に「MINERUBA 06」の機体を叩き付けようとした瞬間。 ブレイバーのコクピット内に、凛とした声が響いた。 「メノア……なの?」 モニターへと映る黒いフードと、顔を隠すヴェール姿の人影を食い入るように見つめ、乱れた黒髪を掻き上げた美鈴の声がかすれている。 『はい……少尉』 懐かしく響く声で美鈴にそう答え、人影が黒いフードと顔を隠すヴェールを外すと、碧い瞳をした美しい少女の顔が現れる。さらさらと長い銀色の髪が肩から流れ落ちた。 「メノアっ!」 『……お久しぶりです少尉、よくご無事で』 涙声で何度も名を呼ぶ美鈴に、モニターの中のメノアが静かに微笑んだ。 |
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