ヴィゼンディアワールド・ストーリー 虹の翼のシルフィード 「16.S・Y・L・P・H・E・E・D 」 |
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洗濯された、たくさんのシーツが風にはためいている。 古びた病院の屋上で、フリードは街並みを見つめていた。病院長を務める医師のマクレイはアルフレッドの知り合いで、かなり怪しい町医者だが腕は確からしい。 この病院では今回のフリードのように、怪我の理由を人に知られてはならない怪我人などを、秘密裏に治療している。 ありがたい事だが、患者の足下を見ているので治療費はかなり高額だ。 輸送機の爆発に巻き込まれ、フリードは酷い怪我を負った。体に突き刺さった輸送機の破片は、内臓近くまで達している物もあったのだ。 しかしその傷口も、三日ほど過ぎたところで綺麗に塞がってしまった。普通の人間とは思えないフリードの回復力に、医師のマクレイが驚いたほどだ。 微動だにせず、じっと瞳に映る風景を見つめるフリードは、指でそっと閉じた目に触れた。 一瞬だけ心に浮かんだ、カーネリアの森に住まう姫巫女トゥーリアの姿。 「あの時……」 森の聖域でトゥーリアは、跪いたフリードの瞳に小さな手で触れた。 浴びせかけられる機銃の攻撃を見極める力も、驚異的な体の回復力も。 「トゥーリアの力……か」 もう一度、姫巫女に会う事など叶うのだろうか。 フリードは、ゆっくりと想いを巡らせる。 あの輸送機に乗っていた少女は、無事でいるのだろうか。大切なウインディを失ってしまった、しかし少女が無事で本当に良かったと心から思う。 そして、あの時聞こえた鳥の……雛鳥のような鳴き声は何だったのだろう。 知りたい事、分からない事が山積みになっているが、アルフレッドは病院に姿を見せない。父から出入り禁止を言い渡されたのだと、見舞いに訪れたサラが言っていた。 仕方がない、退院出来るまでみんなお預けだ。 「フリードっ!」 大きく深呼吸していたフリードは、大きな声に驚いて振り返った。 「ニーナ!?」 「病室に居ないから、病院中を探し回ったわ。お願いだから、もう心配させないで!」 顔を歪めたニーナは、フリードの胸に飛び込んで、両腕を首に回して力一杯抱きしめた。 「ごめん、ニーナ」 「フリード……お願い」 「……うん、分かった」 惜しむようにゆっくりと抱擁を解き、見つめ合った二人はそっとくちづけを交わす。 「ここまでは?」 「カリナさんと一緒に来たわ、後で迎えに来るからって……」 「そうか、ありがとう」 どうやら、黒髪の執事は気を利かせてくれたようだ。それなら怪我人らしく、遠慮無くニーナに看病して貰おう。 「病室に戻るよ」 「ええ」 身を翻したフリードの髪がなびいた瞬間、薄桃色に光る粒が僅かに舞い上がり、風に溶け込んでゆく。 フリードとニーナの手はどちらからともなく互いを求め、二人はしっかりと手を繋いだ。 ☆★☆ 「……ああ、今回は酷い目に遭った」 アルフレッドは、様々なウインド・シップが集まる港で駐車した車に背を預け、頭にぐるぐると巻いた包帯をいじりながらぼやいた。 口元に張った大きな絆創膏は、兄であるブレンディアに力任せに殴られたからだ。フリードは毎回、よく兄の鉄拳に耐えられるなと思う。そして、あれから数日が経つのに、耳の中にはまだサラの怒声が響いている。 「社長っ! のこのこほいほい出掛けて行ってこの有様、どれほど心配させたら気が済むのですかっ! しかも今回はフリード様まで巻き込んで、ブレンディア様のお怒りも尤もです! フリード様に何かあったら、どうなさるおつもりなのですかっ!」 そこでサラは、息継ぎの為に言葉を切った。胸を膨らませて、すうっと息を吸い込む。 「いいですか? 自覚です、自覚が足りませんわ! 弱小零細企業でも社員を抱える会社役員なのですから、まずそこのところをよーく肝に銘じて下さい。だい たいですね、戦闘艇に遭遇した時点ですぐさま逃げるのが普通です、何故突っかかっていく必要があるんですか! 私には分かりません、理解出来ません、武器 も無いのに! そのトラブルを呼ぶ体質は直らないんでしょうか、まったくっ!」 再び口を開いたサラは、心を強烈に抉る言葉をそれこそ機銃のようにアルフレッドに浴びせ掛ける。 文句の語彙も尽きたのか、サラはぜえぜえと肩を上下させていたが、不意に表情を和らげ、 「……あまり、心配させないで下さいね」 そう言って青い瞳を伏せ、長い吐息をついた。 サラにも、要らぬ心配をかけてしまった。 盗賊どもは行方不明、運が良ければ生きているだろうが、今までに多くの悪事を重ねていたのなら因果応報だ。しかしまったく不甲斐ない、これでは痛み分けだ。こんな情けない結果に終わった事は、これまでに一度も無かった。 大怪我をしたフリードは病院送り、別荘と格納庫、ウインドシップ二機、最愛のロゼッタ、とブロウニング・カンパニーが誇る名機、ウインディを失った。 アルフレッドは、がっくりと肩を落とす。残念だが失った物は仕方がない。 フリードの怪我が心配だが、兄にしばらく遠慮するようにと、強烈な拳の一撃と共に申し渡された。見舞いから帰ったサラに聞くと、あれほどの深い傷も数日で塞がり、快癒へと向かっているという。 とても人間とは思えない回復力だが、アルフレッドには分かっている。 間違いなく、姫巫女トゥーリアが与えた加護によるものだろう。 そうだ、そしてフリードの体の中には……。 そのおかげで、フリードは死の淵へ身を投じる事も無かったのだ。トゥーリアには、深く感謝しなければならない。 「やれやれ、それにとんでもない物を拾ったもんだ……。さて、どうしたものか」 騒ぎの収拾にはサラと、情報屋コーディが奔走してくれた。 アルフレッドの別荘は、人が来ない場所を選び無許可で構えたものだ。ロゼッタもウインディの残骸も破砕した、これでアシなど付くはずもない。 カーネリアの片田舎までは、複雑な手続きを済ませて軍が出張ってくるのに時間が掛かる。輸送機の残骸を処理しようとしていたら、積載品が湾に自力で浮上してきたのだ。 少女が乗っていた輸送機が積んでいたのは、一基の動力炉。 外装のプレートには『S・Y・L・P・H・E・E・D』と記されていた。 構造を詳しく調べようにも、今までのタイプの動力炉とはまったく異なっている形状。その上、分解も不可能ときては手の出しようがない。しかし工場長の カージー達技術屋は、おそらく新型であろう動力炉に目を輝かせた。この動力炉を使えば、工場の片隅で眠っている一機のウインドシップが完成する。 「爺さん達の言い分は、よく分かるけどなぁ」 アルフレッドは頭を抱えた、これは傷の痛みではない。性能もよく分からない動力炉など、はたして使えるのだろうか。 唯一事情を知っているであろう、輸送機を操縦していた少女は、未だに昏々と眠り続けているのだ。おそらく、軍が何らかの関与をしている事は間違いないだろう。そしてあの少女を絶対に軍に渡してはならないと、アルフレッドの勘が告げている。 不安の小波が心を揺らす、剛胆なアルフレッドでさえ身震いするような何かが蠢いている。 あの動力炉には、何かを感じるのだ。 ――そうだ。 こんな時、せめて、せめて彼女が居てくれれば。 アルフレッドにとって、正義の象徴である……『鷹の剣姫』 「なぁ、エクスレーゼ……。お前は今、何処に居るんだ?」 アルフレッドのつぶやきを、強い風がさらっていく。 その言葉は今も行方が知れない、皇女エクスレーゼに届くのだろうか。 虹の翼のシルフィード 第一章 <了> |
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