ヴィゼンディアワールド・ストーリー
 虹の翼のシルフィード


50.鎖を絶つ光の刃

 目次
「レイピア、目が覚めているのかい? へぇ、気分が良さそうじゃないか」
 イルメリアは顔を照らす眩しい朝日に青い瞳を細める、目覚めれば少年の姿は消えていた。
 真剣な瞳を思い起こしながら、駐機場に佇む愛機の装甲を拳で小突いてみる。清々しい朝を迎えたとて自分自身の気持ちには無関係だ、何かが変わる訳ではなく、整理出来ない気持ちに苛立ちが募っている。このままでいい訳がない、それは分かっている、分かってはいるが……。
「そうだね、自分自身で確かめてみなきゃならない」
 イルメリアはぽつりとつぶやき、朝日から逃れるように後ろめたさを胸の奥に押し込むと、黒いドレスの裾を大きく翻した。

 出発の時刻だ、今日も戦いの幕が上がる。
 一晩ぐっすりと眠ったので胸焼けは治まった。準備を整えたフリードはシルフィードの操舵席に収まり、気合いを入れるために両手で頬を叩くと、両肩をベルトで固定して操縦桿の具合を確かめる。ヴァンデミエールは計器のチェックに余念が無い。
 トールは昨夜遅くに帰ってくると、すぐにベッドへ潜り込んで眠ってしまった。まだ眠いのか、今でも目を擦りながら何度も欠伸を繰り返している。
 胸焼けは治まったが平穏には縁がないらしい。操舵室内に漂っている微妙な雰囲気を感じて、フリードはどうにも落ち着かない。昨夜、トールを探しに出掛けたヴァンデミエールへ、何かあったのかと問い掛けても「私には分かりません」と、答えてはくれないのだ。
 トールに直接訊ねても、黙りを決め込んだまま。
 根掘り葉掘り問い質す訳にもいかず、夜遅くまで出歩かぬようにと、やんわり注意しておいたのだが気になって仕方がない。
 だが、スタートの合図を送る大きな旗を持った係員が姿を現すと、フリードは慌ててそんな物思いを保留にした。
「エントリーナンバー13、イルメリア・セオルーシェ。エントリーナンバー52、フリード・ブロウニング。準備はよろしいですかっ!」
 係員へとそれぞれに肯いてみせた、フリードとイルメリアの視線が一瞬だけ絡み合う。
 既に決戦の火蓋は切って落とされている。この空域を飛び立ち、次のゲートまではスピードを争う特設のステージだ。ゲート通過までの時間を出来る限り短縮し稼いだポイントは、トップとの時間差を縮める大きなチャンスとなる。
 シルフィードとレイピアが機首を揃えた、隣り合う二機の動力炉が次第に唸りを上げていく。係員が頭上に掲げて制止させていた合図を伝えるための旗を、全身を使った大きな動作で振り下ろした。
「行くぞっ!」
 操縦桿を握りしめたフリードが己の魂を鼓舞するように叫ぶと、その気迫に応えるが如くシルフィードが加速を始めた。あっという間に滑走路の突端に達し、空中にその身を投げ出す。動力炉から発せられる力が機体を推し、大気を捉えて浮力とする蒼い翼が天空へと羽ばたいた。
 そして僅かに出遅れたレイピアがシルフィードの後を追う、陽光に煌めく二機はゲートを目指して動力炉を最大稼働させる。
「機体各部の機能は正常です。フリード、イルメリア機には用心して下さい、強い想いは時に信じられぬ力を発揮するものです」
 何かを含ませたような少女の言葉。
 ヴァンデミエールは、そわそわと後方を気にするトールにちらりと目をやった。
「ああ、分かってる」
 シルフィードを追うレイピアから発せられる圧力のようなものを感じたフリードは、力を込めて操縦桿を握り直す。スピードを競い合った事など今までには無い。進路、動力の配分等、フリードの頭の中で様々な数値が浮かんでは消える。
 広い広い水路を辿りニーベルン湾へと抜ける頃、繰舵室の全面パネルに赤いランプが点った。
「……通信ですね」
「いったい誰が?」
「予想はつきますが。通信、繋ぎます」
 砲手席のヴァンデミエールが通信機を操作すると、繰舵室内に耳障りなノイズが響いた後。後方レイピアからの通信が届き、イルメリアの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『あたしは気が短いんだ、待たせるんじゃないよ』
「イルメリアさん、何の話があるっていうんです!?」
 正直に言えば、フリードにそれほどの余裕はない。しかしイルメリアは、そんな事はお構いなしに話を続ける。
『あたしには理解出来ないのさ』
「え?」
 突如向けられたイルメリアの疑問。
 その意味するところが分からずに、フリードは間抜けな声を出した。
『グランウェーバー国のカーネリア領。あんたは領主様の御曹司だ、立派な侯爵家のお坊ちゃんじゃないか。なんだって、こんなレースに参加しているのさ』
「それは……」
『あたしの目には、貴族の道楽か冷やかしにしか見えない。冒険者達は己の誇り、すべて賭けて勝負に挑むんだ……いい加減な態度で首を突っ込んでるなら、承知出来ないね』
「趣味や道楽なんかじゃありません」
『あん?』
 イルメリアから浴びせられた憤激を、決然とした表情のフリードが力を込めた声で弾き返した。
 胸の奥に在るのは熱の固まりだ、灼熱の炎を吹き上げるその固まりを掴み出す。確かめるまでもない、それはニーナへの一途な想いだ。
「僕は、必ず勝ってみせる……」
 フリードの口から、つぶやきとなって漏れ出たその言葉。己の決意を確かめるために、何度口にしただろう。
 そうだ。アレリアーネとの賭け、それは彼女が送ってくれた精一杯の応援なのだから。
 フリードは力を込めて語る。美しい光を湛える青い瞳を持つ幼なじみへの揺るぎない愛情を。言葉にする度に心へと深く根付き、大きく伸び、豊かに緑葉を茂らせる想いの木が在る。 
「ニーナのために、彼女のためにすべてを賭て挑む。僕は絶対に負けられない」
 その決意を言葉として発する事で、その想いを確かなカタチとして捉える事が出来る。広がる空へと吸い込まれていく、揺るぎないフリードの意志。
 その気迫に圧されたイルメリアが、鋭く息を飲んだ。
 少しの沈黙、そして――。
『あははははっ! 馬鹿馬鹿しいくらいに青臭い、青臭いよ』
 イルメリアの弾けるような笑い声が、操舵室に響いた。
『勘違いしないでおくれ、馬鹿にしたんじゃない。その身を突き動かすは純粋な想いか……。あんたの想い人が羨ましいよ、妬けるじゃないか。でも不思議だね、久しぶりに目の前に光を感じた気分さ』
 そう言った、イルメリアの言葉尻に緊張が走った。

 レイピアの前方を飛ぶシルフィード。
 操縦桿を握るフリードには、明らかに油断が生じていた。
『あのクソ野郎が、このあたしが邪魔をさせないよ!』
 犬歯を剥き出したイルメリアが、鋭く言い放った瞬間だった。
 白波が立つ洋上にその姿を反射させる凄まじい光の衝撃波が現れた。シルフィードを直撃しようと迫る光跡の前に、動力炉を全開にして突出したレイピアが、軽やかに舞い強引に割り込む。
 破壊をもたらす純白の光はレイピアを飲み込み、あっさりと細身の機体を両断した。轟音が大気を震わせ、驚愕に表情を凍り付かせたフリードの琥珀色の瞳に、凄まじい爆光の残照が焼き付く。
「イ、イルメリアさんっ!」
 通信機からイルメリアの応えはなく、酷いノイズが流れ出るばかりだ。
 撃ち砕かれて四散したレイピアが洋上に激突し、砕けた機体の破片が飛び散った。
「姉ちゃん、姉ちゃんっ!」
 補助席から身を乗り出したトールが、大声を上げる。
「そんな、実体弾以外の攻撃なんて……。フリード、次弾が来ます、回避をっ!」
 警告を発したヴァンデミエールが翠の瞳を見開き、その表情を凍り付かせた。少女は反射的に体の両側へと、火器管制を行う為のキーボードを引き出そうとする。
 シルフィードよりも、やや大型である漆黒の機体。その両舷に装備された砲門が瞬く度に、シルフィードを照らすのは幾筋もの光熱波だ。
 機関砲等の実体弾ならば、堅牢な装甲が難なく防いでくれる。しかしシルフィードが装備しているレイディアントと同じ、動力炉からの強大なエナジー供給を受けて発射される光弾は防ぎ切れない。
「ヴァンデミエール、イルメリアさんはっ!」
「レイピアは爆砕! 搭乗者の安否は不明ですっ!」
「……また、僕達が狙われたのか」
 フリードは憤りを何とか飲み下すと、手に馴染んできた操縦桿のトリガーへと指を掛けた。
「ヴァンデミエール、機首を反転させる。砲門を解放してくれ」
 体を震わせながら側面の風防を覗き、洋上に浮かんでいるレイピアの残骸を目で追うトール。その少年の様子を見たフリードは操縦桿を握りしめ、固い声でヴァンデミエールに言った。
 キーボードから手を離した少女は、悔しげに唇を噛んで瞳を伏せると両手をぎゅっと胸に抱く。
「駄目、発砲は厳禁です。この空域での火器使用は重大な違反行為、後方にはドレープ・アレナの街があるんです!」
 黒翼の機体から放たれ続ける砲撃を、ただひたすらに回避し続けるシルフィード。膨大な熱量を伴った光熱波が機体を掠める度に、衝撃が操舵室に伝わり風防がびりびりと振動する。
 握った拳を風防に叩き付けたフリードが歯噛みした。この空域で砲撃戦を始め、万が一逸れた弾が街を直撃すれば大惨事になってしまう。
 フリードの憤激を受け止めた少女は、その揺れていた翠の瞳に決意を漲らせる。
「シルフィードならば逃げ果せる事も可能です。でも、撃墜された機体をこのままにしておけません」
 イルメリアを捨て置けないと少女は言った。その言葉を聞いたフリードは驚く、ヴァンデミエールの心情に少しの変化が現れているのだろうか。しかし、今はそんな事を考えていられない。
「ヴァンデミエール、どうすればいい?」
「危険を伴いますが、ウイングブレードでの反撃しか方法はありません」
 ヴァンデミエールの細い指が素早くキーボードを弾き始めると、振動を開始したシルフィードの翼が巻き上げる波飛沫を蒸発させる。蒼き翼、その色彩が彩度を上げていくに従って鋭利な刃物へと変化する。
 シルフィードの両翼に展開するのは、バトルシップの装甲を切り裂く美しくも危険な双剣だ。
「いいですか? 絶対に街を背にしてはいけません、あなたの操舵技術だけが頼りです」
「フリード。姉ちゃんは俺達を、シルフィードを守ってくれたんだ!」
 補助席から身を乗り出したトールが、両手を握りしめ悔しげな声で訴える。
「トール……」
「大丈夫。見ていなさい、フリードがやってくれる。あなたの想いを酌んでくれるから」
 両肩を震わせるトールを励ますように、ヴァンデミエールが優しい声を掛けた。
 少女はそのまま翠色の瞳をフリードへと向ける。大きな瞳の中で揺らめいているのは、怒りや憤激の炎ではない。フリードはその瞳が湛えた光に込められた感情を確かめようと、肩越しにヴァンデミエールを見つめ返した。
「フリード、私の話を聞いて下さい」
「ヴァンデミエール?」
「戦い、その際に人が抱く感情は様々。でも、お願いです。誰かを、また何かを憎まないで。あなたが憎しみを抱けば、揺れ始めた大陸は救われない。人の心、その尊い魂を見つめている無垢な力は歪み、幼き翼は黒く染まってしまう。そうなれば……もう」
 次第に小さくなり、掠れて消えたヴァンデミエールの言葉が何を喩えているのか、フリードには分からない。だがその固い声音、微かに震えている細い肩から、少女が抱く苦悩と恐怖を感じる。
「分かった、約束する。いや、守護女神に誓うよ」
「ありがとうございます、フリード・ブロウニング」
 少女が翠色の瞳をそっと伏せる。
 フリードが確かめる間もなく、揺らいでいる感情はなりを潜めてしまった。
 ヴァンデミエールが胸の内に抱える想いとは何だろう、フリードは気が付けばその事を考えている。差し伸べてやれる両腕は頼りなくて、大きな力など持ってはいないが、精一杯手を貸してやりたい。心からそう感じている。
「主動力炉の出力、戦闘行動可能領域に達しました」
 既に操舵室は戦闘行動位置に下降し、風防は装甲板に覆われている。波飛沫を機体に被るシルフィードは、大きく旋回すると海上での超低空飛行に移った。
 空を汚す染みの様な黒点から、連続して放たれる光熱波。
「見えた!」
「正面からの接近は自殺行為です、戦闘艇の死角から……」
「邪な意志で放たれる弾などに当たりはしない、正面からで充分だっ!」
 ヴァンデミエールにみなまで言わせず、フリードは戦闘艇の真正面から突入を開始した。戦闘艇は街を背にしている、これなら万が一にも街に流れ弾が飛ぶ可能性はない。
 接近するシルフィードを捉えた戦闘艇からの砲撃が激しさを増す。破壊をもたらす光の衝撃波をかいくぐり、シルフィードは海上から突き出している巨大な岩を盾に、己の姿を隠しながら飛ぶ。
 ひとつ操舵を間違えば、海面から突き出した岩に激突してしまうだろう。
 紙一重というタイミングで機体をコントロールする、フリードの見開かれた琥珀色の瞳は瞬きすらしない。 蒼い翼に力を帯び、煌めく白刃を引き抜いたシルフィードが岩の間を縫い、闇雲に光弾を放ち続ける戦闘艇に迫る。
 光弾が掠めるように操舵席の直近を通過し、瞬時に熱せられた装甲が炙られた。
 海面から吹き上げる波飛沫、シルフィードが戦闘艇をめがけて突き進む。フリードの想いを受けて最大稼働する動力炉が、爆発的な波動を放出させた。
「僕はここだ! 逃げない、隠れもしないっ!」
 海水を高々と空中に弾き、爆音を発したシルフィードが戦闘艇の機首直前で急激に上昇へと転じた。
 その波動に揺さぶられ、戦闘艇の姿勢がぐらりと傾く。同時に数十発の空対空弾が発射されるが、最高速度に達したシルフィードを捉える事など出来はしない。目標を見失い、すべての弾が空中で虚しく爆ぜる。
 水飛沫を纏う竜のように天空へと舞い上がり、浴びせられる砲撃を軽やかに躱すシルフィードが重さを失ったかに見えた。
「ヴァンデミエール!」
「はい!」
 フリードの琥珀色の瞳と、ヴァンデミエールの翠の瞳が同じタイミングで直下の戦闘艇を捉える。
 急速反転したシルフィードの蒼い翼が、ついに白熱化した。
「悔い改めろっ!」
 フリードの叫びと共に、光の矢となって急降下するシルフィード。
 輝きを放つシルフィードの翼が、戦闘艇の翼を易々と切り裂く。激しく飛び散る火花が消え、シルフィードが海面へと向かって突き抜ける。爆発音と共に黒煙を噴き上げた機体の翼が付け根からあらぬ方向に折れ曲がり、戦闘艇が推力を失い海面に激突した。
 折れた翼が海面を激しく叩き、残骸と成り果てた戦闘艇を捨て置いたシルフィードが大きく旋回する。
「撃墜を確認。すぐに着水用のフロートを出します、高度を落として下さい!」
 空に立ち上る黒々とした煙。
 肩までの黒髪は落ち着いたが、なおもキーボードの上を激しく踊るヴァンデミエールの指先。戦闘艇を屠ったシルフィードは、すぐにレイピアが墜落した場所へと着水する。
 装甲板に守られていた風防がゆっくりと開き始めた。その動きすら緩慢に感じるフリードは、風防が完全に開く前に操舵室から無理矢理に抜け出す。機体上部に飛び乗り、先程まで鋭い刃と化していた蒼き翼の先端まで走り寄った。
「イルメリアさん! 返事をして下さい、イルメリアさんっ!」
 残骸が浮かぶ波を見回し、両手を口に添えて何度も何度も大声で叫ぶ。
「姉ちゃん、返事をしてくれよ、姉ちゃんっ!」
 フリードと同じく、トールも機体の上から必死にイルメリアを呼ぶ。
「……うるさいね、ここに居るよ」
 聞こえてきたのは不機嫌そうな声だ。
 海面に漂うレイピアの残骸に掴まったイルメリアが、ひらひらと手を振った。
「イルメリアさん! 良かった、無事だったんですね」
「当たり前だよ。まったく、酷い有様さ」
 イルメリアは頬杖をついたままで盛大にぼやくと、顔をしかめながらも笑ってみせた。
「姉ちゃん!」
 ヴァンデミエールの操舵で洋上を滑るシルフィードが、浮かんでいるイルメリアに近付く。
 操舵室から身を乗り出していたトールが機体に足を掛けると、イルメリアが掴まっている残骸に跳び移った。波で揺れる不安定な足下にバランスを崩して手足をばたつかせたものの、全身の筋肉を総動員して堪え、イルメリアに真っ直ぐ手を伸ばす。
「姉ちゃん、掴まって!」
「おやおや。泣いているのかい、みっともない。お前は一人前の男だろう?」
 トールの手を握ったイルメリアは海水から体を引き抜くと、レイピアの残骸へと両足を踏ん張って立ち上がった、どうやら掠り傷ひとつ負ってはいないらしい。
 ずぶ濡れのイルメリアはトールの頭にぽんと置いた手で、黒髪をわしゃわしゃと撫で回す。いつもなら慌てて逃げ出そうとするトールだが、嫌がるでもなくしっかりとイルメリアを見上げた。
「大切な相棒も逝っちまった、とうとう何もかも無くしたよ。でも……」
 イルメリアはゆっくりと右手を挙げ、長い人差し指で鼻梁をなぞる。そのまま額を隠していた金髪を勢いよく跳ね上げた、長い金色の髪から離れた飛沫が陽の光に煌めく。
「あたしの心には、また火が点いた」
 青い瞳に灯る力強い光。そうだ、自分の影に縛られてなどいられない。
 歪な思念を内包する怪しい闇が操る糸。人形の如く操られた自分を、大切な仲間達の魂が認めてくれる訳がない。そうだ、こうして生きている、光に向かって歩けば影は自分についてくる。
 イルメリアはフリード見据えて、力強く拳を突き出す。
「恥ずかしい台詞を臆面もなく吐くんだね、お坊ちゃん。でも、見事な操舵だった」
「褒めてくれるのなら、お坊ちゃんはやめて下さい」
 心配して損をした。
 フリードが半眼でそう言うと、イルメリアは意地悪な笑みを閃かせた。
「気にしてるのかい? あたしに言わせればまだまだ甘いよ、お坊ちゃんには違いない。あんたがこのレースを制して見事ゴールした時、その名を呼んで祝福させて貰うとするさ」
 さっぱりとした声が、高い高い青空に吸い込まれていく。
 半人前扱いは納得出来ないものの、レースで渡り合った者のみが得られる連帯感を感じて、フリードは姿勢を正した。
「同じお坊ちゃんでも、違うもんだね」
「え?」
「何でもないよ、聞き流しな」
 青い瞳を細めたイルメリアは、シルフィードを見遣った。
 そして、ふとトールに眼差しを向ける。レイピアを失ったのは残念だが、老齢の機体へ力を尽くしてくれた少年に深く感謝している。
 何よりも、少年は闇に囚われたイルメリアの心に目映い光を見せてくれたのだ。
「お前の腕は大したもんだ」
「へへ、あったりまえじゃん。おだてんなよ、照れるじゃんかっ!」
「レイピアは恐れもせずに、あたしの操舵に応えてくれたよ」
「うん、うんっ!」
 涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を作業服の袖で拭い、誇らしげなトールが白い歯を見せる。
「お坊ちゃんをしっかりと支えてやりな、可愛い子犬ちゃん」
 砲手席に収まったまま、無言でイルメリアを見つめていたヴァンデミエールの頬が音を立てて上気する。
 その少女の様子に、イルメリアが愉快そうに大声で笑った。
「さあ! あたしの事なら心配ない。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行きな。スペシャルステージをフイにしたんだ、他の奴等は待っちゃくれない。でも……」
 イルメリアの青い瞳に灯る、力強い光はフリードを照らすようだ。
「みんな蹴散らしてやりな、あんたなら出来るだろう?」
「はい!」
 シルフィードが断ち切ったのは、イルメリアの心を縛っていた鎖だ。
 再び広げられた自由な翼、光に向かうイルメリアから送られたのは物騒な激励。
 だが、フリードはしっかりと受け取った。
 
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