Monochromatic 〜The Story of Art Gallery Coffee shop〜
「光と影の色調」
/ Scene1.割れた鏡
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 鏡に映る自分の顔を、射殺すかのように睨み付けた。
 その冷ややかで、ひとひらの温もりもない視線。
 震える右手を持ち上げて。
 滑らかな鏡の表面を、鏡に映る顔の輪郭を。
 人差し指でゆっくりとなぞる。

 鼻梁、唇、長い睫、そして瞳――。
 受け継がれる血の繋がりから、逃れる術などありはしない。 
 隠しようもない哀しみに軋んだ視線が、顔から首筋に注がれる。
 その瞬間に、全身を鈍い痛みが駆け抜けた。
 混濁する意識が告げる、早鐘を打つ心臓の鼓動が告げる。

 発せられるその危険に、しかし視線は首元に吸い寄せられて離れない。
 絡み付く不安に苛まれ、呼吸が出来ない。
 真っ赤に染まり、霞んでゆく視界。
 怖くはない、悲しくもない。
 記憶に突き刺さった感情の楔に、恐る恐る手を伸ばす。

 首に食い込んで来るのは、酷く痩せている母の指。
 掠れる声で、何度も母を呼んだ。
 何故……?
 そう、理解が出来なかった。
 徐々に光が遠のき、意識は暗闇に閉ざされようとしている。麻痺していく脳が、微かに知覚した映像。

 母が流す涙はどんな想いを含んでいるのか、顔に滴る水滴が熱を持った頬を濡らす。血が滲む程に噛みしめられた唇がそっと開き、何か言葉を紡ごうとする。
 その言葉を思い出さないように、深く深く心の奥底に埋め込んだ。
 そうして忘れようとしても、決して忘れられぬ。
 弱い心が首をもたげ、すすり泣きながらその存在に縋ろうとする。
 打ち立てた壁が砂と崩れ去る瞬間に、力を込めて拳を突き出した。鏡が砕ける硬質的な音と共に、叩き付けた拳を中心に広がる大きなひび割れ。
 何度試しても変わらない。
 砕けた鏡の表面を伝う血が、赤く見えないからなのか。痛みなど少しも感じない。
 割れた鏡に映る、その歪んだ表情は。

 千々に乱れた、僕の心そのものだ――。

 The Story of Art Gallery Coffee shop 「Monochromatic」/ 光と影の色調


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