ヴィゼンディアワールド・ストーリー 虹の翼のシルフィード 19.真夜中の逃走劇 |
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深い闇を切り裂いて疾走する車、路面を浮かび上がらせるヘッドライトの光。 強い風鳴りと共に過ぎゆくのは、脅えたような木々のざわめき。 後方より追いすがる数台の車から、連続で発射される銃弾。アリオスはハンドルを左右に振って、大きく車体を蛇行させる。それでも金属を打ち付ける音と共に火花が散り、車体へと穴が穿たれる。 「くそっ、車なんてもどかしい。やっぱりサーシェスで、直接乗り付ければ良かったんだよ!」 車の屋根、幌をずたずたに引き裂く銃弾に首を竦め、テリオスが叫んだ。 「仕方ないさ、派手な事は出来なかったからね!」 車体が大きく跳ね、がくがくと揺れ続ける。十分に派手な逃走劇になっているのだが。 テリオスは後部座席で、隣のエレミアに伏せるように姿勢を低くさせた。 「姫様、ちょっとだけの辛抱だ。しゃべるんじゃないぜ? 舌を噛んだら大変だ」 青い顔で震えるエレミアが、こくりと頷く。 「頑張れ。姫様の願いは、絶対に叶えてやるから」 目が見えぬエレミアに表情では伝えられない、だから明るい声で励ますテリオス。 「へえぇぇえぇぇ、やぁさぁしいじゃないのぉっ!」 「声に変な抑揚を付けるな、馬鹿姉貴っ!」 金色の瞳を細めてにやにやと笑うアリオスを、銀色の瞳で睨むテリオス。 人々から愛される王女が追い込まれた窮地を、テリオスは黙って見過ごす事など出来ない。 ……幼い頃からずっと寄り添い、お互い庇い合っていたから。アリオスには、そんな弟の気持ちが良く分かる。 物心ついた頃から人の暖かさを知らず、守ってくれる者などいなかった。盗賊などという裏家業に手を染めて、生きていかねばならなかったのだから。 根無し草のように、幾つもの国を渡り歩いた。 貧しい子供達の為に、夜の寒さに震える命の為に。人を殺めることなく、富める者からわずかばかりの利を掠め取る。 真っ当に働いて稼いだお金ではない、それは承知の上だ。 しかしそうして生きてきた双子は、それしか方法を知らぬ。 アリオスとテリオスは深い闇の中で、ずっと盗賊と義賊の境界で彷徨っている。 「追っ手を、何とかしないとな」 追跡車から浴びせかけられる銃弾が、テリオスの頬を掠める。車の屋根に張られた幌は、既にぼろぼろだ。 テリオスは骨組みだけになった幌を、無理矢理に畳んで身を乗り出す。 車の後部を守る鉄製のバンパーの接合部を拳銃で破壊し、おもむろに足で強く蹴り付けた。蹴り飛ばされて脱落した鉄製の重いバンパーは、石畳を派手にバウンドしながら転がり、追跡車を直撃する。 激突、横転した二台の車、後続の数台が巻き込まれた。 「ざまあみろっ!」 「お姫様の騎士にしちゃ、随分と野蛮だねぇ」 気勢を上げる弟の姿に、ハンドルを握るアリオスが半笑いで呆れた声を出した。 「うるせぇよ、馬鹿姉貴!」 「ああっ! 一度ならぬ二度までも、あたしに向かって馬鹿とはなんて言い草だいっ!」 「姉さん、前見て運転しろよ、前をっ!」 「だから、姉さんって呼ぶんじゃないよ!」 たちまち始まる姉弟喧嘩。 振り返って喚くアリオスの頭を、テリオスが両手で掴んでぐるっと前に向ける。 「うきゃあああああっ!」 金色の瞳がいっぱいに見開かれる、前を見て叫びまくるアリオスの顔がひきつった。 急な下り坂に飛び込んだ車が、夜空へ飛び立つように大きくジャンプしたのだ。 車体が大きく浮き上がり、車輪がふわりと宙を泳ぐ。 「テリオスっ!」 「言わんこっちゃない!」 アリオスとテリオスは二人揃って立ち上がり、フロントガラスを跨いで右足をボンネットに掛けた。 「「どおっせえええいっ!」」 同時に雄叫びを上げながら、体重を掛けて力任せにボンネットを踏み付ける。 ……役にも立たない行為だが、どうやら車には姉弟の気持ちが伝わったらしい。べこんとボンネットがひしゃげる音が響き、浮き上がっていた前輪が石畳に食い付いた。 「追っ手に捕まる前に、あの世に逝きそうだ」 「うるさいよ、ああ、危なかった」 何とか無事に着地することが出来た、大きく息をついたテリオス、ぱちぱちと目を瞬かせるアリオス。 派手に車体を振りながら、追跡車を引き連れてなおも爆走を続ける。 そのまま街中へ突入しメインストリート、ぽつりと灯る外灯の間を猛スピードで駆け抜けてゆく。 激しく吠える野良犬が跳び退く、驚いた野良猫が塀から落ちる、植木鉢やゴミ箱やら何やらを盛大にはね跳ばす。闇に潜み物音など立てぬ盗賊が、騒々しく真夜中の街を爆走する。アリオスとテリオスの逃走は、いつもこんな調子なのだ。 綺麗な指が揃った細い腕が、力強くシフトレバーを操作する。こと運転や操縦に関しては、アリオスの能力はテリオスよりも高い。 風に乱れる長い髪が鬱陶しいのか、アリオスはぶるぶると首を振った。 ――種明かしをしなきゃならないね、と。 アリオスは小さく舌を出して見せる。 「本当の目的は王家の宝剣じゃなくて、姫様を救い出す事。今回は盗賊のギルドからの依頼でね、報酬も出るんだ」 「あん? 人助けだぜ? なんでまたギルドが絡むんだよ」 後ろを気にしていたテリオスが、驚いたように姉へ問い掛けた。 双子の盗賊はその信条から、ギルド……盗賊の組合へ幾ばくかの上納金を納めているものの、深い関わりを持ってはいない。 「小悪党の謀略には、穴が多いみたいでね。王家に起きた一連の騒動を、懐疑的に捉えている者達も多いんだよ」 アリオスはバックミラーを金色の瞳で確認しながら、形の良い唇を開いた。 「一番の理由は、カエサル王子の強い意向。でも下手をすれば内政干渉だからね、ティファナ国にも情報部があるんだけど表だって動けない。盗賊の情報網にまですがるほど、王子様は必死なんだ。良かったね、姫様」 「……カエサル様」アリオスが声を掛けると、エレミアは真っ赤になって俯いた。 「姉さん。いつのまに、ギルドと連絡を取り合ってたんだ?」 「姫様の国葬のあ・と♪ あんたは思いっ切りヘコんでいたじゃないか」 半眼で睨む銀色の視線をかわし、アリオスが笑った。 「あのいけ好かない執政官への疑いは、確信に変わりつつあったんだ。ずいぶん前から、こう……色々あったみたいだからね」 エレミアの心情に配慮をするアリオスは、慎重に言葉を選びながらテリオスに説明する。 「でも何で黙ってたんだよ。姫様を見つけた時、どれだけ驚いたか!」 「ふふ、まぁ聞きなよ。一番の心配は姫様だったけど。でもあいつ等は、姫様に手出しが出来なかったのさ」 「……やっぱり、宝剣に関係があるのか?」 突如、鋭い破裂音と共に、丸いフェンダーミラーが粉々に砕けた。 しかし肝が据わっているアリオスは、眉ひとつ動かさない。バックミラーでエレミアへ意味ありげな視線を送り、テリオスの言葉に満足そうに頷く。 「よく分かってるじゃないか。それに最初っからあんたに話してたら、完全武装で突入してたでしょう? 今頃、城は火の海になってたよ」 「人を破壊神みたいに言うな。姫様の居城だ、そんな事するかっ!」 「あはははは! いっけない、説明している暇は無いね、とにかく姫様が大事なのさ。のんきに話してたら、追いつかれちまうよっ!」 どうやらお喋りが過ぎたようだ、追跡車にずいぶんと接近されている。 真夜中の街に、人の姿はない。 アリオスは急な曲がり角の手前で、力任せにブレーキを踏むと急激に逆ハンドルを切った。甲高い悲鳴を上げる後輪を派手に滑らせ、スピードを緩めぬまま突き抜けるように角を曲がる。 車体へ足を掛けて踏ん張るテリオスは素早く両脇の建物を見上げ、道へと迫り出している手頃な大きさの看板を見繕い、次々と銃で狙い撃つ。狙いは違わず、 パン屋と金物屋、宿屋の看板を吊っている留め金が弾き飛ばされて落下し、ちょうど真下を通過した追跡車のボンネットを大きな看板が直撃する。 二台が道を塞ぎ団子になって互いに衝突するも、難を逃れた数台が大破した仲間の車を避けて再び追って来る。 「ちっ、しつこい奴らだ」 舌打ちしたテリオスが手にした銃は、排莢口を開いたままで固まっていた。 「あ、弾切れかよ」 「あんた自慢のソレ、肝心な時に、いっつも弾切れだよねぇ?」 「うるさい、こいつの弾は値が張るんだよ!」 大事そうに銃をしまい、反撃の方法が無くなったテリオスはどっかりと後部席へ座ると、エレミアの様子を見る。 両手をきつく握りしめ、祈りを捧げているエレミア。 残る追っ手は数台だが、しつこく続いている銃撃は止む事がない。出来ればこんな恐怖を、味あわせたくはないのだが。 「うおっ!」 突然激しい振動と共に車体が傾き、後輪が横滑りを起こす。テリオスは畳んだ幌に後頭部をぶつけ、顔をしかめた。 「ああっ、もう少しだってのに!」 悔しそうに、大声を上げるアリオス。 左後輪のタイヤが銃撃を受けて弾け、石畳を擦り付る鉄製のホイールから凄まじい火花が飛び散る。 アリオスはとっさに、ギアを一段落としてアクセルを踏み付けた。 ぎゅっとハンドルを握りしめ、派手に車体を振りながらもスピードを緩めることはない。 「きゃあああっ!」 振動と衝撃に耐えかねたのだろう、エレミアが悲鳴を上げる。 「テリオス、姫様を離すんじゃないよっ!」 「当たり前だっ! 姉さん、追いつかれるぞ!」 すぐ後ろまで迫って来た追跡車。 反撃の手は無い、並ばれたらお終いだ。 「あの橋まで保たせるっ!」 叫んだアリオスが、アクセルペダルを床まで踏み付ける。 眼前に見えてきたのは、長大で立派な橋。ランティーナ国、王都の中心を流れる大河に二分された街を繋いでいる。 巨大なその大河、その水面に映る月の姿が流れに揺らめく。 『クララ、行くよっ!』 『お帰りなさいませ』 アリオスがクララの蒼い瞳をイメージして思念を飛ばすと、少女の可愛らしい声が短い思念となって返ってきた。 その返事を確認し、アリオスは思い切りハンドルを切る。路外へと逸脱した車は草むらを突っ切り、さらにスピ−ドを上げながら一直線に大河へと向かう。 「届けええええっ!」 アリオスは叫び声と共に、川岸から大河の水面へと車をジャンプさせた。 対岸は遙向こう、とても跳び越えられる距離ではない。 それは、まさに自殺行為だ。 ――しかし。 車がジャンプすると同時に、水面に映る湖底の影が揺らめく。続いてさざ波が起こり、突然巨大な間欠泉のように盛大に水柱が噴き上がった。 水中で双子の帰りを待っていた、ウインドシップ「クイーン・サーシェス」が急浮上したのだ。 ジャンプした車は翼面の先端でバウンドし、機体背面に見事着地すると数回のスピンを繰り返した後で止まる。 月明かりを受けて、きらきらと輝く水飛沫。 まるで白鳥のように美しい機体、クイーン・サーシェスが夜空へと浮かび上がった。 |
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