ヴィゼンディアワールド・ストーリー
 虹の翼のシルフィード


60.思い出の軌跡(3)

 目次
 歴史ある街、リヴァーナの中心に聳えている高い時計塔は、この水の都の観光名所だ。高らかに打ち鳴らされる、鐘の澄んだ音が時を告げる。華美な建築様式を用いて建てられた塔はリヴァーナのシンボルであり、悠久の時を刻みながら静かに街を見守っている。
 時計塔の頂上部に立つ、フィーディアが視線の先に捉えたのはテリオスの姿だ。青年は路上で呆然と立ち尽くし微動だにせぬ、彼が持つ銀色の瞳は今、現在の景色を映してはいないだろう。
「存分に苦しみな」
 絞り出した声に憎しみを滲ませたフィーディアは、古びた大きな鐘に手を触れた。瞳を閉じれば自我を押し流される感覚に息使いが荒くなる。閉じた瞼の裏に浮かぶのは忘れ去りたい過去、忘れられぬ苦しみだけだ。
 閉じていた瞳を開いて混濁する意識を引き戻し、肩に担いだ長弓を下ろしたフィーディアは、その場に座り込むと立てた膝を抱えて体を丸めた。
「あんたは、どうして逃げ出したのさ……」
 その問い掛けに、答えが得られる事などないだろうが。
 孤独な風に揺られ、ふと寂しそうな表情を見せたフィーディアがぽつりとつぶやいた。

☆★☆

「コレット? 馬鹿な、そんな訳がないっ!」
 激しく首を振って否定するも、縋るようなその声音。
 彫像のように固まっていたテリオスは、我知らず繋いでいたクララの手を振り解くといきなり駆け出した。
 風のように走ることが出来るテリオスだが、何故か修道女に追いつけない。やっとの思いで路地裏へと駆け込んだ。
「コレット! コレット!」
 気のせいだと疑いながらも、何度も大声で名前を呼んでみる。薄暗く狭い路地裏、通りに陰を作る古びた建物にぶつかったテリオスの声が弾かれて空しく響いた。
「そうだ、そうだよな……」
 何かの見間違いだと肩を落とした時だった。
「ここにいたのですね。探しましたよ、テリオス」
 視界の両端をかする指先。
 ゆっくりと伸びる腕は、ふわりとテリオスの体を包み込んだ。盗賊という職業柄、背後には常に気を配っている。しかし気配も危機感などもまったく感じなかったのだ。

 その優しい声がきっかけとなり、思い出を辿るようにテリオスの時間が逆行を始めた――。

「……あ」
「やっと捕まえました」
 後ろからいきなり抱きしめられたテリオスは、驚いて銀色の瞳を瞬かせる。背丈は見下ろしている修道女の腰までだろうか、手足も細く顔立ちは幼い。
「ひとりで遠くへ行ってはいけません、いつもそう言っているでしょう?」
「ごめん……なさい……」
 詰まりながらも、口から転がり出たのは幼い声。
 そう。コレットの言いつけを守らずに、テリオスは一人で遠くへ遊びに行ったのだ。
 細い肩を精一杯にいからせて少年をたしなめる修道女は、しゅんとうなだれた小さなテリオスの両肩に手を添えて向き直らせ、頭にぽんと手を置いた。ゆっくりとしゃがみ込んで、テリオスの膝小僧に付いている土を手で払う。
「わかった?」
 コレットの微笑みはとても温かい。
「……うん」
「じゃあ、帰りましょう」
 痩せ細り荒れている手だが、差し伸べれられたその手はテリオスに安らぎを与えてくれる。
 二人は手と手を繋いで歩き出した。
 日中でも光が入らぬ粗末な教会の建物内は薄暗い。コレットの後をついて歩くテリオスは、傷みが激しい建物内を軋む床板に気を配りながら奥へと進む。
 突然、通路の曲がり角から現れた数人の子供達が、「わあっ!」と声を上げながら二人の脇を勢いよく駆け抜けて行った。
「走ってはいけませんっ!」
 両手を腰に当てたコレットが大声で注意するが、やんちゃな子供達の姿は既に見えなくなっている。
「もう……」コレットはかくんと両肩を落として、にょっきりと生えた二本の角を収めた。口振りほどに怒っているようには見えない、再び歩き出したコレットは視線をテリオスへと向けた。
「毎日擦り傷ばかり作って……。痛いところはないですか?」
 そう言いながら、取り出した布切れで薄汚れたテリオスの顔を拭く。
「うん」
「そう……」
 トゥエイユハーゲンの騎士団から逃げ出したアリオスとテリオスは、まだ庇護が必要な年頃だ。幼い身では食べることもままならない、頼れる者も居ない姉弟は教会へと身を寄せていた。大陸の守護女神エリスティリアを信仰するコレットは、教会で身寄りのない子供達の面倒をみているのだ。
「ねぇコレット……」
「なに?」
「僕のことより、コレットは大丈夫なの?」
「心配は要りませんよ」
 コレットの痩せた両肩を見ていると子供心にも不安がつのる。だが言葉の端に感じられるのは、変わることがない強い心の現れだ。
「あなたこそ、心配をさせないでね」
「う、うん」
 頷いたテリオスは、ばつが悪くて真っ直ぐに自分を見つめるコレットから僅かに視線を逸らす。
 その途端に、ぐう……とお腹が鳴った。
「お腹が空いているのですね?」
 くすりと笑ったコレットはそれ以上何も言わず、エプロンを身に付けながらキッチンへと消えた。
 テリオスは補修だらけの椅子に腰を下ろした、ぎしりと椅子の脚が鳴る。粗末な部屋に飾られた絵に描かれているのは、この大陸を優しく見守るエリスティリアの神々しい姿だ。
「……女神さま」
 コレットは貧しい子供達へ、女神の言葉を光と感じられるように投げかける。
 彼女に教え諭され、子供達は女神の存在を信じて真っ直ぐに育つだろう。
「はい、温かいスープよ」
 足をぶらぶらさせて待っていたテリオスの前に、ことりと置かれた木製の器には、ほかほかと湯気を上げるスープが満たされている。
「いただきまぁす」
 スプーンを手に取ったテリオスは、スープを掬って「ふうっ」と息を吹きかける。温かく心を満たすいい匂い、こくんとのどを鳴らして十分に冷ましたスープを飲んだ。
 くず野菜の欠片で作ったスープでもご馳走だ、だから一人では食べづらい。
「ねぇ、お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどこ?」
 コレットにそう問い掛けたテリオスは、大きな銀色の瞳を瞬かせてスプーンを嘗めた。
 姉であるアリオスの姿が見えぬので心細い。希有な力を秘めた銀色の瞳は、いつも姉の姿を追い求めている。
 寂しくなって鼻をすすり、スプーンを手放すと両手を膝の上で握りしめた。
「……テリオス」
 コレットが髪を撫でてくれたというのに、不安がテリオスに覆い被さってくる。
「アリオスが心配なのね?」
 テリオスの側に寄り添うコレットが眉を顰めた。
「でも仕方がありません、アリオスにはもう会えないのですよ……」
 テリオスは、その言葉に突き放されて愕然とする。
 そんなはずはない。助けを求めるように見つめても、修道女は温かな両手を差し伸べてはくれない。膝の上で震える小さな両手を取ってはくれない。
 双子の姉であるアリオスの瞳は金色をしている。
 姉弟がそれぞれに持つ金色と銀色の瞳は本来、左右一対でなければならなかった。魔を狩る者達を、騎士団を纏め上げるのはただ一人なのだ。
 それは姉弟の母が与えた深い愛情であったのだろう。愛しい我が子を遠い過去より続く不毛な戦いの最中へと送り込む事など、どうして出来ようか。
 金色と銀色の瞳、双子として産まれた姉弟に分かたれた力は本来の威力を発揮せぬ。
 だが、強力な力を受け継ぐ統率者を必要とする騎士団は考えた。古の術式を用いて、アリオスが持つ金色の瞳を男児であるテリオスへと移そうとした。
 激化する魔術師との攻防に備えなければならない。それが騎士団の使命であり、存在の理由である。しかし幼い命を犠牲とするなど、あまりにも無体な行為ではなかったのか。
「怖いよ、コレット。どうして怖いことを言うの?」
 アリオスと一緒に騎士団を逃げ出したはずだ、姉と二人で励まし合って生きてきたはずだ。
 優しいコレットの笑顔が、やけに遠く感じられた。
「いやだ、お姉ちゃんと一緒じゃなきゃいやだよ!」
 ぽろぽろと大粒の涙をこぼすテリオス目の前に、コレットは手にした丸い手鏡を差し出した。
「自分の瞳をよく見なさい」
 静かに響くコレットの言葉、彼女が手にした鏡に顔を映したテリオスが驚いて悲鳴を上げた。その鏡に映るテリオスの双眸は左右が異なる色を、金色と銀色をしていたのだ。
 それは、アリオスの死を意味する。
 己を映す鏡を避けるように、身を捩り椅子から転げ落ちたテリオスは体を丸めて両の耳を塞いだ。
 だが修道女の言葉は、尚もテリオスを追い込んでゆく。
「どんなに探しても、騎士団に命を捧げたアリオスはもう居ません。金色の瞳と銀色の瞳を持つあなたは、騎士団の後継者として大きな力、崇高な使命を受け継いだのです」
「そんなの知らない。お姉ちゃん、どこ? ねぇ、返事をしてよ、お姉ちゃんっ!」
 どんなに叫ぼうとも大好きな姉の声は聞こえてこない、テリオスに応えてはくれない。
 崇高な使命など自分には関係ない事だ、魔術師との凄惨な戦いなどにいったいどんな意味があるのだろう。言葉を使わずとも心を通わせる事が出来る、魂の片割れである姉との絆が何よりも大切だ。
 怖くてたまらない、立ち上がったテリオスは走り出した。アリオスの姿を求めて闇の中を走る。躓いて何度も転んだ。うずくまりそうになるのを堪え、しゃくりあげながら涙を拭いて立ち上がる。
 先は見えず、どこまでも続く焼け焦げて荒れた大地。
 姉の姿を求めて走るテリオスの行く先を遮り、震える小さな体を取り囲むように足下から伸び上がった無数の影が枯れ枝のような両腕を広げた。
 ゆらゆらと揺れる不気味な影は皆、トゥエイユハーゲンの真白き鎧を纏っている。だがその堅牢な鎧には無数の穴が穿たれ、煤けて醜く歪んでいる。
 アリオスと共に騎士団から逃げ出す際に、テリオスが体内に秘める不安定な力が暴走した結果だ。
 大地を舐め尽くした炎と、降り注いだ光の矢が彼らの命を奪ったのだ。亡霊達がテリオスを取り囲む、苦痛に喘ぐ声はテリオスを責めたてる。
「……お姉ちゃん、お姉ちゃん」
 確かにテリオスが招いた悲劇なのかもしれない。しかしそれを罪として幼き子供に背負わせるのは、あまりにも酷であろう。
 テリオスは力尽きたように膝をついて体を丸めた、この機を逃すまいと小さな体に覆い被さろうとする影達。
 しかし何故か影達は近寄ってこない、テリオスの周囲を回りながら戸惑うようにゆらゆらと揺らめいている。 
「あ……」
 そっと頬に触れた温もり。
 流れる涙を拭ったテリオスは恐る恐る目を開ける。体を照らすほのかな明かりに気が付けば、頭上で青い光が瞬いていた。
 怯えきった心を温めてくれる優しさ、両の頬に触れているのは小さな手のひらだと感じた。テリオスはその柔らかで温かな手に励まされた。
「コレット……」
 彼女には様々な事を教えられた。優しさと思い遣り……。心静かに、そして心豊かに暮らせるようにと。
 ずっと彼女の姿を追い求めていた。
 彼女の死を信じたくなかった、だから悲しい記憶を心の奥底に沈めていた。
 ゆっくりと覚醒していく意識。
 テリオスとコレットが時間を重ねた場所は、この水の都から遠く離れた場所であったはずだ。
 思い出せ……。体を駆け巡る血潮のうねり、時間は正常な流れを取り戻していく。テリオスは己の両腕を強く抱いた。
 元々強い体ではなかったコレットは、気を張る事で体の不調を誤魔化していた。そうして一生懸命に子供達の為に働き、女神に祈りを捧げ続けていた。
 女神に愛されたコレットは若くしてその御元に召されてしまった。いつも味方でいてくれた、いつも見守ってくれていた。テリオスの心を包んでくれた優しい修道女は、もうこの世には存在しないのだ。
 テリオスの足首に絡み付き、心の隙を突く残酷な罠。
 記憶の奥底に深く沈められている、痛みを含んだ悲しい思い出が水泡となって記憶の中へと弾けた。

☆★☆
 
「どうやら頃合いのようだね」
 立ち上がったフィーデイアは肩に担いでいた長弓を下ろし、腰にぶら下げている矢筒から矢を抜き出した。選りすぐりの矢は意のままに飛び、狙いを違える事はないだろう。足の位置と体のバランスを確認して深呼吸をした後、視線を街の路地裏の一角に向けた。
 銀色の瞳を持つ青年を睨み付ける。たっぷりと悪夢を、己が為した罪を思い知らせてやれただろうか。
 いや、そんな事はどうでもいい。
 思い出せ、あの恐怖を。思い出せ、あの苦痛に苛まれ続けた日々を。
 膝をついて頭を抱えているテリオスの姿を視線で捉えたフィーディアは、時計塔の上から慎重に狙いを定める。
 矢を長弓につがえ、口元を大きく歪め残忍な笑みを浮かべた。
「……仕方がないさ、みんなお前のせいなんだ」
 静かに息を吐き、フィーディアは矢を放った。

「テリオス、テリオスっ!」
 うめき声を上げ続ける青年の頬に小さな手で触れながら、クララは何度も何度も呼び掛ける。そんなクララの背後で、狂気とも思える恐ろしい感情が膨れ上がった。
 金色の髪を翻したクララが振り返れば、矢羽根が風鳴りを起こし深い憎しみを引きずりながら迫り来る。
「だめっ!」
 テリオスを庇うように立ちはだかったクララは、恐れもせずに両手を大きく左右に開いた。
 青い瞳を見開いて唇をきつく噛みしめる。たとえこの身が滅んだとしても、それでもテリオスを救いたい。クララは決然とした表情で顎を上げた。
 無慈悲な時の流れは止まらない、少女が命を賭けた願いを聞き届けようとはせぬ。
 クララを貫くかと思われた矢は、突如として目の前に膨れ上がった光の壁に弾かれた。
「あ……」
 クララは青い瞳を見開いた。
 光の壁と思われたのは目映い輝きを放つ盾だ、光の盾に炙られた鏃を形作る鋼は瞬時に蒸発して消えた。
 ふわり……。
 大きく広げられた両腕が、優しくクララの体を抱きしめる。それはクララに安らぎを与えてくれる、銀色の瞳を持つ青年の抱擁だ。
「もう大丈夫だ」
 クララの耳元でそっと囁いたテリオスが立ち上がり、矢が放たれた方角に聳える時計塔を睨み据えた。
 テリオスとクララを囲む八枚の盾が浮かび上がり、二人の周囲を回り始める。盾の表面で立て続けに起こる光の明滅、その度に撃ち込まれる幾本もの矢が塵となって霧散していく。
 両の脚を踏ん張るテリオス、銀色の瞳は輝きを失ってはいない。
「……くそったれが。何処の誰かは知らないが、古傷が疼きだしたじゃねぇか」
 ねじ曲げられた思い出のひと欠片、胸の奥底へと沈めた悲しみを呼び起こした者を許せはしない。
 クララを己の背に庇い、苦々しげにつぶやいたテリオスは左手を高々と掲げた。力一杯に握りしめる拳から光が溢れ、揺らぎ始めた空間に真っ白な長弓が姿を現す。
 右手を実体化した長弓の弦に添えると、あらん限りの力を使って引き絞る。
 テリオスの激しい怒りが乗り移ったように、現れた光が弦につがえられる矢となって輝いた。
「喰らいやがれっ!」
 鋭い叫び声と共に放たれた矢は、目映い光の尾を引かせて一直線に飛ぶ。
 時計塔に立つ人影が、テリオスの激情を真っ向から受けてその体を震わせた。
 巻き起こる風になぶられる髪。フィーディアの憎悪を引き裂き、彼女の喉元を貫かんとテリオスが放った矢が迫る。
「はは、あはは……あはははっ!」
 フィーディアは棒立ちのまま、迫り来る光の矢をじっと見つめている。魂を掴み取ろうと手を伸ばす死神を前にしても、フィーディアの心は恐怖すら感じぬのか。
 死への怖れなどに及ばぬほどの苦しみを己の身に刻んでいるのであろうか、フィーディアは表情を歪め哄笑を上げ続ける。
 ……だが。
「死なせやしないよ」
 決意を込められた声が響き、長い髪が踊る。
 フィーディアの前に現れたアーディアは、迫り来る光の矢に向けて右手に握った短剣を閃かせた。振り上げられた刃に両断された光の矢は砕け、粒子となって広がると瞬きながら消え失せてゆく。
 その残滓を静かな眼差しで見つめていたアーディアは、ゆっくりと腰を上げると短剣を懐にしまった。
「ね、姉様?」
 死に魅入られていたフィーディアは長弓を取り落とし、放心したような表情でよろめくと姉の背中に額を当てた。
「帰還命令だ。なに、まだ機会はあるさ。どんな世界の理が現れようとも、私達の憎しみは消える事はない」
 瞳を細めたアーディアは己の手のひらを一瞥した後、悔しげに唇を噛んだ。
 決して許せるものではない、納得など出来はしないのだが。記憶に刻まれたその哀しみ、螺旋を描く思い出の軌跡が触れ合った事を感じた。
 だからとて、お互いの魂は近づく事など永遠に無いだろう。
 いずれ決着はつけねばならぬ。
 自らが背負うのは、闇の底を這いずり回るような苦しみだ。アーディアは、その元凶へと肩越しに鋭い視線を投げつける。
「あの小娘は……。ふん、お互いに幸せからは縁遠いようだね」 
 ふらつく妹を伴い踵を返したアーディアは、苦みを含んだ声でそうつぶやいた。

 遙な視線の先に聳える時計塔を睨み据えていたテリオスは、腕をひと振りして真白き長弓を消した。
 悪い予感を拭い去ることが出来ない、過去はどこまでもつきまとうのだろうか。絶望に囚われずにすんだのは、いまだに震える腕に感じるクララの温もりだった。
「テリオス……」
 青い瞳が潤んでいる。
 クララを泣かせたとは、まったく不甲斐ない事だ。押し寄せる罪悪感に胸が痛んだ。
「テリオス、テリオス、テリオス、テリオス、テリオス、テリオスっ!」
「お、おい、クララ?」
 続けざまに名前を呼んだクララは、テリオスの腕を両腕で抱いて強く引っ張った。戸惑いながら体を屈めたテリオスの首へと勢いをつけて飛びつく。
「うお、クララっ!」
 少女からの思い掛けない抱擁に、バランスを崩したテリオスが慌てて少女の体を抱き上げる。
 その腕の中はクララにとって、いちばん安心出来る場所だ。クララは小さな両手で彼の頬を挟んだ。そうしてしばらく銀色の瞳を見つめた後、両腕をテリオスの背に回してしっかりと抱きつき。
「にゃん」
 耳元に唇を寄せた少女は頬を朱に染めて、子猫のように可愛らしく鳴いてみせた。
 
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