ヴィゼンディアワールド・ストーリー
 虹の翼のシルフィード


66.白竜の女王

 目次
  翼に大気を孕ませて急速反転し、接近する白い機体はシルフィードの真正面から直近を掠めて過ぎた。
 迸る閃光。そのあまりの速度に、フリードは白い機体の姿をはっきりと捉えることが出来ない。
「ひとつ間違えば衝突しかねない、操舵手は正気なのか!?」
 背筋に浮かぶ冷たい汗を感じて身震いをする。白い機体の姿を見失い、慌てて視線を巡らせたフリードは操縦桿を握る手に力を込めた。見渡せどその姿は見えず、驚愕は焦りと不安を生み出し生き物のようにじわじわとフリードの心へ、身体へと巻き付いていく。
「操舵室、下降を開始します」
 砲手であるヴァンデミエールは淡々とした口調で、左右に伸ばした両腕の細い指先を火器管制用のキーボードの上で軽やかに踊らせる。白い機体に翻弄されて浮き足立つフリードとは対照的であり、落ち着いているように見えるが翠色の瞳には剣呑な光が宿っている。シルフィードの進路を阻むかのような、白い機体が気に入らないのだろう。
 機体の周囲を映し出すモニターに青い灯が点り、動き始めた頑強な装甲が風防を覆い隠した。並の威力を持った武器の攻撃などシルフィードの装甲は全く受け付けぬ。
 聖王国アリアレーテルの王都は目と鼻の先だ、一切の火器を使うことが出来ない。唯一残された選択肢であるシルフィードの蒼い翼が瞬時に白熱化した。
 明滅するモニターを見据えるフリードは、空に尾を引く動力炉の排出光を頼りに白い機体の姿を追う。それは機体の航跡を示す残照だ。しかし霞み消えゆくその航跡の先を目で追っても、すでに白い機体の姿は見えなくなっている。
「下ですフリード、何処を見ているのですかっ!」
「下から来るのかっ!」
 少女が見開いた翠色の瞳は、白い機体の動きを逃さぬらしい。ヴァンデミエールの鋭い声に、フリードは足下から突如として渦を巻き沸き上がる威圧感を知覚すると、すぐに機体を捻ろうとした。
 しかし直下から急上昇して来た白い機体に大きく煽られ、姿勢を崩したシルフィードは失速する寸前だ。思いがけぬ方向から体に襲いかかる力、息詰まる暗い繰舵室で光を放つモニターの映像がぐるぐると回転する。
「な、な、な、何だよあいつはっ!」
「トール! しゃべるんじゃない、舌を噛むぞ!」 
 頭を抱えて悲鳴を上げるトールに大声で注意しながら、フリードの琥珀色の瞳はモニターを食い入るように見つめている。
 何という奔放な動きなのだろうか。シルフィードのすぐ脇を突き抜けた真白き機体、風を捉えるその翼が揺らめいたように見えた。
「後ろを取られるわけにはいきません!」
「分かっている!」
 ヴァンデミエールへと叫ぶものの、フリードはどうしても白い機体の動きを捉えられず、引き離すことがかなわない。
「撃たないのか?」
 簡単に背後を許してしまった。
 自分の操舵術ではまったく歯がたたないと、フリードは悔しげ歯噛みをする。シルフィードを嬲ってでもいるつもりなのか。不意打ちに近いのだ、機会は幾らでもでもあったのだろうに。白い機体の翼下へと展開された火器は、一向に発砲される気配はない。それどころかシルフィードを翻弄し、後方にぴたりとつけた白い機体はいきなり加速を始めると、シルフィードを軽々と追い越した。
 翼から放たれる真白き輝きに尾を引かせて加速すると再び光点に変わる。フリードを威圧する感覚は尚、収まることなどなく膨らみ続けている。
 白い機体が放つ、そんな挑発ともとれる意志のような波動が、フリードの意識の端を掠める。
 同時に、街の付近で危険な行為を仕掛ける白い機体に対しての憤りが、フリードの腹の底から沸き上がってきた。
「挑発するのなら、受けて立つさ!」
 普段は静かに優しさを湛えている、フリードの琥珀色の瞳が鋭さを増した。汗ばむ手のひらで操縦桿の握りを確かめると、シートに体を馴染ませるように身動ぎをした。冷気を切断しながら両翼に広げた光の刃が一層の輝きを放ち始める、まるで高ぶるフリードの感情が光の刃に力を注いでいるようだ。
 シルフィードが速度を上げれば、小さな光点であった白い機体の姿がはっきりと見え始めた。
 絶対に追いつき、危険な行為を悔い改めさせる。フリードは操縦桿を強く握り唇を引き結ぶ。目にも留まらぬ追走劇が始まった。シルフィードが凄まじい勢いで加速を続ける。
 白い機体の後ろ姿を睨み据えて離さないフリード自身も気が付いているのか定かではない。並の機体であったのなら過負荷に耐えられなくなった動力炉が自壊するか、とうに両の翼が千切れ飛んでいるだろう。何より搭乗者の体がばらばらになってしまう。
 トールもヴァンデミエールも言葉を発する事ができず、ただ歯を食い縛り体にのしかかる加速度と激しい機体の振動に耐え続けている。
「追い……ついた!」
 フリードが叫び、シルフィードが白い機体のすぐ後ろに迫った瞬間だった。
 前方をゆく白い機体が不意に機首を天空へと向けた。その体にまだ余力があったのかと思わせるほど速度を増し、濃い雲を蹴散らして突き進む。視界を覆う雲が吹き払われ真正面から突き刺さるような陽の光を浴び、白い機体を追うシルフィードのモニターが目映い虹色に煌めいた。
 先を行く白い機体の翼が青い空でさらに輝きを放ち、まるで鳥のように羽ばたいたような気がする。白い機体の姿をはっきりと視覚に捉えた今、純白の翼の輝きが瞳に焼き付いた。
 その翼の輝きを浴び、フリードは一瞬の間だけ我を忘れた。
 暴風が吹き荒れていたフリードの心が凪いでいく。新たな意識に目覚めれば、まったく異なる印象を意識する。
 一点の曇りもない清らかな翼を美しいと思った。
 その姿に魅了され、心惹かれたことを自覚すれば強烈なイメージがフリードに流れ込む、冷たい大気、うねるように流れゆく雲、吹き抜ける強い風……。
 『気付いてくれた?』遠慮がちな囁きが聞こえる。
 そのイメージは、確かに自分へのメッセージだと感じた。白い機体からの囁きを反芻していたフリードはしばらく訝しんでいたが、やっと口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「フリード、何を躊躇っているのです!」
「ヴァンデミエール、もういい。ウイングブレードを収めてくれ」
「な、何を言うのですかっ! この瞬間が好機です!」
 ヴァンデミエールはフリードが発した言葉の意味を汲むことが出来ず、信じられぬといった表情でぶるぶると激しく頭を左右に振った。短い黒髪が激しく揺れる。
「大丈夫だよ」
「フリードっ!?」
「そうか、はしゃいでいたのか……」
 フリードが安堵したようにぽつりと呟いた、虚を突かれたようにヴァンデミエールが口を噤む。
「あの機体は絶対に撃たないよ」 
 フリードの言葉にヴァンデミエールの黒髪が逆立った。
「この期に及んで馬鹿な事を言わないで下さい。火器を展開している以上、敵対行為に他なりません! お人好しにも程があります。何度言えば分かるのですか、貴方は甘いと……」
「分かっている。でも、大丈夫だから」
 鋭さは既に感じられぬ。
 優しげに細められたフリードの琥珀色の瞳が、視界の中で踊る白い機体を捉えて離さない。
「君の声が届いたよ」
 相通づる波動を感じた自分の胸をひとつとんと叩いた。
「ゲートを通過したんだ、少しだけ羽を伸ばそう」 
「フリードっ!」 
 諫めるような声音で名を呼ぶヴァンデミエールを宥めるフリードは、緊張で強ばっていた両肩をほぐすようにぐるりと回した。
「シルフィード、お前も感じているんだろう?」
 フリードは愛機へと問いかけるように言うと、腕の力を抜いて操縦桿を握り直し操舵室からの景色を見回した。
「トール。ウインドシップはこう飛ぶんだ、行くぞっ!」
 頑強な装甲を開き光の刃を鞘へと収め、蒼く輝く翼の角度を鋭角に変え、真白き機体を追うシルフィードが最大加速に移った。
 激しくも伸びやかなその加速に、恐怖など微塵も感じない。シルフィードへ呼応するように真白き機体が速度を上げた。二機の美しい機体がもつれ合い、踊るように澄み渡る青空を駆ける。
 ウインドシップという船は人の英知と技術が造り出した存在ではあるのだが。シルフィードと白い機体はまるで生き物のように大空を踊り弾ける。輝く二機の航跡である排出光が混じり合い、空へと美しい軌跡を描いてゆく。
 大空での戯れも最高潮に達し、どれほどの時が経った頃であっただろうか。
 突如、白い機体が輝きを放ちシルフィードは光と共に放出されたその波動に煽られる。機体の姿勢を安定させる事に集中していたフリードがふと気づけば、信じられぬことに白い機体がその場に滞空していた。
 失速することもなく、まるで静かな水面に木の葉が浮かぶように。
「そんな、そんなことが出来るのかよっ!」
 驚いたトールが風防に額を押し当てる、同じく驚いたヴァンデミエールは、ただ翠色の瞳を瞬かせた。
『蒼き翼を駆る青年よ、突然の非礼を詫びます。怒りを鎮めて頂けたのでしょうか?』
 そんな謝罪の言葉が、シルフィードの繰舵室内に流れた。
「え?」
 その不思議な光景に見とれていたフリードは、白い機体を置き去りにしてしまい、慌てて旋回をする。
 白い機体の翼下から次々と産まれ出る光が、まるで柔らかな花びらの様に広がった。
『私はクレア……。クレア・シンフォニアと申します』
 滞空を続ける白い機体の風防が開くと、敵意が無いことを示したいのだろうか、立ち上がった操舵主が両手を広げて見せた。
「クレア・シンフォニア? あ、ああっ!」
 告げられた名前を反芻したフリードはすぐに声を上げた。
「フリード?」
 ヴァンデミエールが訝しげな顔でフリードに尋ねる、しかしその名前が示す人物に思い当たりがあるフリードは少女の声が耳に届かない。
「じょ、女王様だよ!」
 フリードに変わり、トールがヴァンデミエールへ向かって声を上げた。
「女王?」
 つぶやいたヴァンデミエールは、じっと空に咲いた花のような光の中に立つ人影を凝視している。
「聖王国アリアレーテルの女王様? まさか、そんな。貴女は、貴女はあのクレア様だとおっしゃるのですか?」
 この大陸で聖王国アリアレーテルの女王『クレア・シンフォニア』の名を知らぬ者は居ないであろう。
クレアが駆る白い機体は『クリステリア』と名付けられている。
 普段ならば、目通りなどかなわぬほどの貴人の姿を目の当たりにして、琥珀色の瞳を見開いたフリードがぽかんと口を開けた。それでも尚、操舵を誤ることなくシルフィードに旋回を続けさせているのはたいしたものだ。
操舵室内に響いたクレアの声を聞いてうろたえるフリードの様子に、ヴァンデミエールは翠色の瞳をぱちくりとさせている。聖王国の美しき女王が目の前に現れるなど、にわかに信じがたい……だが。奇跡ともいえる、この美しい光景を見れば疑うことなど出来ぬ。
 それは、大陸の守護女神であるエリスティリアの血を濃く受け継いでいると伝えられる通り、その直系に連なる王族の力なのだろう。
 大陸最大の国家、聖王国アリアレーテルを統べる女王、クレア・シンフォニア。
 丈夫な革製の飛行服を身に着けたその姿は勇ましく、首に巻いた長く白いスカーフがなびいている。目深に被った飛行帽とゴーグルが顔を隠し、今は女王に似合う華やかさはないが、上空の耐え難い冷気の中に身を晒す皇妃はそんなことなど微塵も感じさせない。それどころか、まるで広い広い草原に咲く一輪の花の中心に立っているように見える。
「その通りです、青年。少々羽目を外しすぎました。全身全霊を賭けて挑むレースの最中、不快な想いをさせたこと心より謝罪します」
 旋回するシルフィードの姿を追っていたクレアは、そこで言葉を切ると頭を垂れた。
「なれど、これもエリスティリアによる思し召しかもしれません。私に僅かばかりの時間を頂ければ嬉しいのですが」
「え、ええ!?」
 その申し出にどう答えていいか分からないフリードだったが、ぐるぐると思考を巡らせた後、震える唇を開き。
「は、はい……」
 やっとの思いで返事をした。
『ありがとう、蒼き翼を駆る青年よ。では王宮へお招きいたします、私のクリステリアと共に参られよ!』 
 フリードの答えを待っていた、クレアの薄桃色に染められた唇が柔らかな笑みをかたどった。 軽く片手を上げて合図をした後、再び操舵席へと収まったクレアが愛機クリステリアの風防を閉じると、クリステリアが放出する光の粒子が形作る花びらがひらりと空中に散った。

☆★☆

 大きな半円形の立派な駐機場へとシルフィードが運ばれていく。
 翼を休める愛機の後ろ姿を見送るフリードの頭の上で、白い小鳥シルフィがぱたぱたと小さな羽を広げて数回羽ばたいた後、体を丸めてうずくまった。
「シルフィ?」
「ぴ」
 普段はあれほど元気で騒がしいというのに。
 大人しくなってしまった小鳥を心配して声を掛けると、嘴を柔らかな羽毛の中に突っ込んだまま、面倒くさそうにフリードに一声鳴いて答えたシルフィは、そのまま眠り込んでしまった。
 頭の上でうずくまっているシルフィを気遣いながら、フリードは背筋を伸ばして深呼吸をした。
 アリアレーテルの女王であるクレアの清らかに澄んだ声を思い出すと、何やら顔が火照ってくる。思いもかけぬ申し出に舞い上がり、ほいほいと王宮になど招かれてしまったが。
 シルフィードはレースを戦っている真っ最中である。
 「失格」という二文字が、フリードの後頭部を激しく打った。我に返って今更のように慌てるフリードへ、世話係の女性は『運営委員会に事情を説明し、お話は通してあります。心配なさらなくともよろしいですよ』と、笑顔で語った。
 それでも真面目なフリードは、多少の心配と他のレース参加者に対する決まり悪さを感じたのだが。そのような考えはまた、失礼に当たってしまうかもしれないと思い直した。
 気持ちを切り替えて、仲間である二人の様子を見る。
 トールは疲れたのだろうか。立ったままあくびを繰り返し、眠そうな目をしきりにこすっている。好奇心が旺盛な少年は、いつもなら瞳を輝かせてあちらこちらと走り回るというのに。
 隣に並んでシルフィードを見送ったヴァンデミエールと視線が合うと、少女は何故か眉を顰めてフリードをひと睨みした後、翠色の瞳を瞼で隠してツンとそっぽを向いてしまった。
 フリードはヴァンデミエールの冷たい態度に、ぽつねんと取り残されたような気分になった。 
 もしかすると、頼りにならない男とでも思われているのかもしれない。シルフィードの全てを把握している少女に愛想を尽かされてしまえば、この先レースを戦う事など出来はすまい。
 ヴァンデミエールの不機嫌そうな横顔に、少女の心の内が理解できないフリードは困ったように頬を掻く。彼女を宥める事もままならなず、仕方がないので今はただ、自分自身の反省をしておくことにした。
 フリードはクレア皇妃に拝謁を許された。
 いや、この場合は少々事情が違うだろう、謝罪のためにと招かれたのだ。だが領主の嫡子であるとはいえ、その実務はまだまだ父であるブレンディアの仕事だ。
 片田舎の領主など大国の王宮に招かれることなどありはしない。よってそれなりの礼儀作法も身についてはいないフリードは力を込めて遠慮した。それならばせめて疲れを癒してはどうかと、温かな食事と一夜の宿を提供してくれることとなり。フリードは、ほっと胸を撫で下ろした。
 翌日、定刻になればシルフィードはアリアレーテルに設けられたスタートラインからレースに復帰する予定となっている。
 大切な客人であるからと饗され緊張するフリードを気遣ってのことか、クレアは食事の席に顔を見せなかった。美味しい料理をお腹いっぱいに詰め込んだトールは満足そうであり、いつも小食なヴァンデミエールは早々と食べ終えると翠色の瞳を閉じて瞑目していた。
 湯浴みを済ませて寝所へと案内される。寝具の具合が違うからとて、眠りにつけないことはない。しかし何故か瞼が合わないフリードは夜中に起き出した。
 部屋を出る際に、隣のベッドで寝ているトールの様子を見た。少年はぐっすりと眠っている、疲れを癒し深く眠ることで今、この瞬間も成長しているのだろう。
 皇妃に招かれた客人とはいえ、勝手に王宮内を歩き回って良いものではないのだが。フリードはゆっくりとした足取りで回廊を進む、大きな石造りの柱に手を触れながら歩くと王宮の中庭に出た。視界の両側から天空へと伸びる大きな城壁、高い塔の先端は闇の中だ。
 どの土地の夜にも、それぞれの表情がある。そして闇は深く暗く、全てを覆い隠すことは変わらない。
 不安や恐れと共に、懸命に一日を生き抜いたという充足と安らぎをも感じた。星が静かに瞬く夜空を見上げて、しばし一日を振り返っていたフリードは、シルフィードが駐機されているドーム状の建物に足を運んだ。
「シルフィード」
 宵闇の中で静かに眠る愛機の傍らに立ったフリードは、右手を挙げてそっと機体に触れた。不思議な手触りの装甲板はひやりとしている、頑強ではあるのだがフリードを拒絶することなど無い。手のひらの温もりが機体に伝わった頃、フリードは装甲板から手を離すと体の向きを変えてシルフィードに背中を預けた。
 ゆっくりと瞳を閉じて自らの体の中で刻まれる鼓動に耳を澄ます。こうしていると、愛機の中から自分の心臓の音に答える響きがあるのではないかという気がしてくる。
 機体内に存在する動力炉は全てが機械部品で構成されている、稼働していなければただの鉄の塊であるはずなのに。まるでシルフィードが生き物であるかのような錯覚だ。
「今日は思い切り羽を伸ばした」
 女王が駆るクリステリアとの戯れは、久々に空を満喫することが出来た時間だった。
 大空を愛し、ウインドシップを駆ることに至上の喜びを感じるとは言っても、レースを戦う以上は緊張が続く。今はレースを闘いぬくことばかりが気になり、ウインドシップで空を駆ける楽しみなど感じることはできない。
 だがそれは当前だ、ニーナのために必ず勝つと誓ったのだから。
 闇の中で愛機の確かな存在を背中に感じながら、様々に想いを巡らせる。不機嫌そうだったヴァンデミエールの様子も気掛かりだ。
 そしてフリードは白い機体への憤りを隠しもしなかった自分自身を思い出し、冷静さを欠いていたことに思い至った。恥ずかしさと決まり悪さ、照れ隠しに頬を掻く。
 シルフィードはあんなに楽しそうだったというのに。そうだ、フリードはどうしても愛機と語らいたかった、大切な相棒に謝りたかったのだ。
「フリード・ブロウニング……」
 突然、鈴の音が響いたような美しい声がフリードの耳に届いた。飛び上がるほどに驚いて声の主を探してあちこちを見回す。
「私はこちらです」
 シルフィードの影から現れた人影がそろりと近づき、駐機場に射し込む朧な明かりに照らされる。その姿を琥珀色の瞳に映したフリードは息が止まるほどに驚いた。
 
戻<   目次   >次

HOME

ヴィゼンディアワールド・ストーリー

 虹の翼のシルフィード