旧約聖書のメシア預言とその成就する確率
はじめに
クリスチャンの中には,「イエス様は初臨の時に,旧約聖書に書いてある300個以上の預言を全て成就した」と主張している人がいます。
(例えば,Canon Liddonとも呼ばれるHenry Parry Liddonという19世紀の学者は,「旧約聖書中にキリストにおいて文字通り成就された三百三十二もの異なった預言があると言明した」そうです。
参考文献:フロイド・E・ハミルトン著,聖書図書刊行会編集部訳『キリスト教信仰の基礎』リパブックス,いのちのことば社,2000年,191頁。)
しかし,実際に旧約聖書のメシア預言(初臨に関する預言のみ)を字義通りに丹念に調べてみると,300どころか,100もないことがわかります。
その検証結果を以下にまとめました。
(ただし,覚え書き程度のまとめなので,丁寧な説明はしていません。
その点はどうかご了承下さい。)
この検証のために私が使用した教材と聖書は,次のとおりです。
- アーノルド・フルクテンバウム著/佐野剛史訳『メシア的キリスト論―旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯―』紙版,ハーベスト・タイム・ミニストリーズ,2016年
- 『聖書 新改訳』第3版,『聖書 新改訳2017』(共に,新日本聖書刊行会)
新約聖書が旧約聖書を引用する方法
新約聖書が旧約聖書を引用する方法には,次の4つのカテゴリーがあります。
- 1.字義通りの預言+文字通りの成就
- 旧約聖書の預言が,新約聖書で文字通りに成就したというもの。一貫した字義通りの解釈と漸進的啓示を認めるなら,旧約聖書のメシア預言の数を数える場合は,この第一のカテゴリーだけを考える。
- 2.字義通りの意味+型
- 旧約聖書に書かれていることは「型(type)」であり,それが新約聖書で「本体(anti-type)」として引用されている。字義通りの意味は史実であって,預言ではない。旧約聖書から引用された聖句は「型としての成就」であって,預言が文字通りに成就したのとは違う。
例:マタイ2:15(ホセア11:1の引用),マタイ15:7-9(イザヤ29:13の引用),マタイ21:42(詩篇118:22-23の引用),ヨハネ12:39-40(イザヤ6:10の引用),ヨハネ19:36(出エジプト12:46の引用)
- 3.字義通りの意味+適用
- 旧約聖書に書かれていることを,新約聖書で「適用」として引用している。共通点が一つあればよい。
例:マタイ2:17-18(エレミヤ31:15の引用),マタイ26:31(ゼカリヤ13:7の引用),使徒2:16-21(ヨエル2:28-32の引用)
- 4.要約
- 旧約聖書が教えていることの「要約」。「預言者たち」と複数形が使われているので,要約だとわかる。要約された預言は上記のカテゴリーに含まれているので,数える必要はない。
例:マタイ2:23(イザヤ49章,53章,ゼカリヤ11章の要約),マタイ26:54-56(イザヤ53章,ゼカリヤ11章,12:10の要約),ルカ18:31-33(イザヤ49章,50:6,52:14,53章,ゼカリヤ11章,12:10,13:7,ヨナ1:17の要約)
旧約聖書のメシア預言とその成就(字義通りの預言+文字通りの成就)
イエスにおいて成就したメシア預言のまとめ(上記のまとめ)
- メシアは神(ヤハウェ)であり,人である
- メシアは母方の家系をたどる
- メシアはアブラハムの子孫(一人のユダヤ人)である
- メシアはユダ部族から出る
- メシアは,神殿が破壊された紀元70年よりも前に生まれる
- イスラエルを将来治める力ある王(メシア)が生まれる前触れとして,一つの星が現れる
- メシアはモーセのような預言者である
- メシアは処女から生まれる
- メシアはゼブルン族とナフタリ族の地で主な宣教活動を行う
- メシアはダビデの家に生まれる(ダビデの子孫である)
- メシアは貧困家庭に生まれる
- メシアは七重の御霊の満たしを受け,それにふさわしく生きる(ヤハウェの霊を受けている)
- メシアが来る前に,まず先駆者が現れる
- メシアはヤハウェのしもべである
- メシアはヤハウェが選んだ者(召した者)であり,この者をヤハウェは喜ぶ
- メシアは異邦人に救いをもたらす
- メシアは路傍伝道者ではない
- メシアの性質はあわれみ,真実,正義である
- メシアの働きは失敗に終わらず,実際にはその使命を最後まで全うする
- ヤハウェはメシアとともにおられる
- メシアは胎内に宿った時からヤハウェの使命を帯びている
- メシアは召され,その使命のために備えられる
- メシアはモーセの律法を完全に守る,唯一のユダヤ人である
- ヤハウェはメシアのうちに,ご自身の栄光を現す
- メシアは初臨の時にイスラエルから拒絶される
- メシアは父なる神から特別な学びと訓練を受ける
- メシアは,背中を打ち,頬を殴り,侮辱し,唾をかける者たちに身を委ねる
- メシアは栄光ある地位に上げられる
- メシアは栄光ある地位に上げられる前に,苦しみを受け,姿形がひどく損なわれる
- メシアは普通のユダヤ人青年で,特に人を魅了する容姿はしていない
- メシアは,あざけられ,拒絶され,人々からのけ者にされる
- メシアはイスラエルの身代わりとして苦しみを受けるが,それをイスラエルは理解せず,彼に神の罰が下ったのだと考える
- しかし,メシアはイスラエルの背きのために刺され,イスラエルの咎のために砕かれる
- ヤハウェは,イスラエルの罪を,ヤハウェのしもべであるメシアに負わせる
- メシアは黙って苦しみを受ける
- メシアは裁判を受け,死刑を宣告され,処刑される
- しかし,その時代のイスラエルは,メシアがイスラエルの罪のために死なれたことに気づかない
- メシアは,その死の時に,富む者の墓に埋葬される
- メシアが苦しみを受け,死ぬことは,ヤハウェのみこころである
- メシアは復活する
- メシアの死と復活によって,ヤハウェのみこころは成し遂げられる
- メシアは多くの人を義とする
- メシアは,身代わりの死を遂げることで,多くの人をヤハウェから分け与えられる
- メシアは,多くの人の罪を負い,背いた者たちのために,とりなしをする
- ヤハウェから遣わされたメシアは,与えられた使命を果たすため,聖霊の油注ぎを受ける
- メシアは,貧しい人に良い知らせ(福音)を伝え,心の傷ついた者を癒やし,捕らわれ人に解放を告げ,囚人に釈放を告げ,ヤハウェの恵みの年(期間)を告げる
- メシアは,エコンヤ(エホヤキン)の家系からは出ない
- メシアは,ユダの地にあるベツレヘムで生まれる
- ユダヤ人の王であるメシアは,正しく,救いを賜り,柔和で,子ろばに乗って来られる
- メシアはイスラエル全体,特にイスラエルの残れる者(レムナント)に奉仕する
- メシアは三人の牧者を退ける。彼らもメシアを嫌う
- メシアはイスラエル全体を飼うことをやめる
- メシアはイスラエルに対する神の守り(「慈愛」の杖)を取り去る
- イスラエル全体としてはメシアを拒否するが,少数のレムナントはメシアを受け入れる
- イスラエルの指導者たちは,メシアを銀貨30枚で買う
- ヤハウェであるメシアに値積もりされた銀貨30枚は,神殿域にある陶器師の畑に投げ入れられる
- メシアは,イスラエルの一致を失わせるために,「結合」という杖も折る
- メシアは良い牧者である
- メシアは突き刺されるという暴力的な手段で死ぬ
- 初臨のメシアは,突然,自分の神殿に来られる
- メシアは神のひとり子である
- メシアは父なる神と特別な関係を持っている
- メシアは,極度の苦しみの中で,裁きを下す神に向かって助けを叫び求める
- 受難のメシアを見る人々は,メシアをさげすみ,あざけり,メシアに向かって頭を振る
- メシアは父なる神に信頼を置く
- 受難のメシアは,取り囲まれ,衆目にさらされる
- 受難のメシアは,苦しみの中で大量に汗を流す(新約聖書などに明確な裏付けがないので,カウントしない場合もあり得ると思う)
- メシアの骨はみな関節から外れる(新約聖書などに明確な裏付けがないので,カウントしない場合もあり得ると思う)
- メシアの心(心臓)は裂かれる
- メシアは極度の渇きを覚える
- 悪者どもが,メシアの手と足を引き裂く
- 苦しめる者たちは,メシアの衣服を分け合い,衣をくじ引きにする
- メシアは初臨の時に拒絶されるが,その後,天に昇り,父なる神の右の座に着く
- メシアは,エルサレム再建の命令が出されてから483年後に地上にいる
- メシアの死後,エルサレムと神殿は破壊される
旧約聖書のメシア預言(初臨に関する預言のみ)が全て成就する確率
上記のまとめから,モーセ五書と預言書(モーセの律法と預言者たちの書)だけに限定すると(使徒28:23),60個の異なったメシア預言が成就したことになります。
人によっては,預言の内容が同じだと考えて,もう少しだけ少なく数える場合があるかもしれませんが,大きな違いはないはずです。
そこで,60個の異なったメシア預言が全て成就する確率を計算してみます。
計算を単純化するために,仮に1つの預言が成就する確率を2分の1とすると,60個の異なった預言が全て成就する確率は,2分の1の60乗です。
2分の1の60乗を計算すると,115京(けい)2921兆5046億0684万6976分の1(=8.67361737988403547205962240695953369140625×10-19)となります。
この確率は,115京(けい)2921兆5046億0684万6976個の全く同じボールの中から,「当たり」である唯一のボールを,目隠しをして一発で引き当てる確率と同じです。
また,諸書も含めた旧約聖書全体を考えると,全部で約75個の異なったメシア預言が成就したことになります。
先ほどと同じように,75個の異なった預言が全て成就する確率を計算してみると,2分の1の75乗=377垓(がい)7893京(けい)1862兆9571億6170万9568分の1(=2.6469779601696885595885078146238811314105987548828125×10-23)となります。
この確率は,377垓(がい)7893京(けい)1862兆9571億6170万9568個の全く同じボールの中から,「当たり」である唯一のボールを,目隠しをして一発で引き当てる確率と同じです。
このような低すぎる確率を考えると,数字の上では該当者など一人も存在するはずがないとしか思えませんが,実際には一人,該当者が存在するのです。
実に驚くべきことです。
2019年6月15日更新
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