ギリシア語新約聖書のインターリニア聖書

インターリニア聖書とは

聖書を学んでおられる人なら,一般的には,日本語や英語など,母国語に翻訳された聖書を日常的に使用しておられることと思います。 そして聖書の学びを続けていくと,牧師先生などから,「原文ではこう書いてあります」というような説明を聞くことがあるのではないでしょうか。 しかし,実際に原文を読んで確かめようと思っても,旧約聖書はヘブル語(一部アラム語),新約聖書はギリシア語で書かれていて,読めないという人が多いと思います。

そのような場合に役立つのがインターリニア聖書(interlinear bible)です。 「インターリニア聖書」というのは,原文の行間に逐語訳が書かれている聖書のことで,日本語に訳すと「行間逐語訳聖書」です。 原語の文法をあまり知らなくても,原文での語順はどうなっているか,原文ではどんな表現が使われているか,などを知ることができます。 その種類によっては,逐語訳だけでなく,簡単な文法の説明や番号(Strong numbers,G/K numbers)が書かれているものもあります。

しかし,残念ながら,日本語で書かれた便利なインターリニア聖書はほとんど見つかりません。 旧約聖書のインターリニア聖書に関しては,ミルトスが「ヘブライ語聖書対訳シリーズ」を順次出版されています。 このシリーズは,発音のカタカナ表記や簡単な文法説明もあり,とても参考になります。 (ただし,まだ旧約全巻,出そろってはいません。)

一方,新約聖書のインターリニア聖書に関しては,日本語で書かれた入手しやすいものは,ほぼないと思います。 そこで私は,「なければ自分で作ってみよう」と思い立ち,まず最初に,使徒の働きのインターリニア聖書を作ってみました。 しかし,自分のためだけに作っていても意味がないので,ほかの方々にも使いやすいように配慮しました。 それを以下にご紹介させていただきたいと思います。

インターリニア聖書の見方

インターリニア聖書「使徒の働き」1章1節の冒頭部分

上記は,このたび私が作ったインターリニア聖書の,使徒の働き1章1節の冒頭部分です。 この見本についてご説明いたします。

1行目は,2行目のギリシア語原文の発音をカタカナ表記したものです。 ギリシア語が読める人には邪魔だと思いますが,読めない人のために,便宜的に書きました。 このカナ表記は「古典式」とか「エラスムス式」と呼ばれている発音方式を採用しています。 ただし,新約聖書ギリシア語の入門書に書いてある読み方も取り入れていますので,厳密な古典式とは少し違います。 (大貫隆著『新約聖書ギリシア語入門』(岩波書店,2004年)にほぼ準拠しています。) 聖書のギリシア語をどう発音するかは,人によって意見が異なるようですが,私は「意味が分かればそれでいい」というスタンスを採っていますので,細かいことにはこだわりません。 実際,人とのコミュニケーションはそのように成り立っていると思います。 もし古典式や現代式の発音を正確に知りたいなら,ぜひ文法書を開いて学んでみてください。

2行目のギリシア語原文には,UBS5(聖書協会世界連盟第5版)を採用しました。 UBS5は『聖書 新改訳2017』『聖書 聖書協会共同訳』の底本としても採用されている,2020年現在で最新の校訂テキストです。 (UBS5の本文はNestle28版と同じです。)

3行目は逐語訳です。 なるべく原文のニュアンスが分かるように訳出しました。 基本的に一つの訳語しか書いていませんので,ほかの訳語を知りたい人のために,5行目に,辞書に載っている見出し語形を書いておきました。 また,特にこの逐語訳に関しては,ほかの訳し方もあると思いますので,私のインターリニア聖書は決定版ではなく,「一つのインターリニア聖書にすぎない」という理解をしてくださると非常に助かります。

4行目は文法事項です。 「対男単」は「対格・男性・単数」の略で,「ア中直1単」は「アオリスト・中動・直説法・1人称・単数」の略です。 文法書は主に織田昭著『新約聖書のギリシア語文法』(初版,教友社,2003年)を使用しましたので,この文法書の説明に準拠しています。 品詞については,冠詞,名詞,動詞以外は大体表記しました。 (どれが冠詞で,どれが名詞で,どれが動詞かは,文法を少し学べばすぐに分かるようになるので,特に書きませんでした。)

5行目は辞書の見出し語形です。 辞書は主に織田昭編『新約聖書ギリシア語小辞典』(教文館,2002年)を使用しましたので,この小辞典の見出し語形に準拠しています。 また,一目で分かりやすいように,動詞は青字,その他の品詞は茶色で区別しました。

以上の内容に,「直訳」として直訳に近い訳文も書きました。 以下に,見本として使徒の働き1章1~3節の部分をお見せ致します。 (和文フォントはUDデジタル教科書体を使用しました。)

使徒の働き1章1~3節(PDFファイル,95KB)

インターリニア聖書の具体的な使い方

さて,次に,このインターリニア聖書の具体的な使い方を,例を挙げて説明したいと思います。 特に,日本語訳聖書の訳文で問題のある箇所の一つ,使徒の働き16章31節を取り上げてみます。 比較のために,『聖書 新改訳2017』の訳文と,私のインターリニア聖書の該当箇所を並べてみます。

二人は言った。 「主イエスを信じなさい。そうすれば,あなたもあなたの家族も救われます。」
(『聖書 新改訳2017』使徒の働き 16章31節)

インターリニア聖書「使徒の働き」16章31節

前の文脈を確認してみると,この箇所は,牢の看守が,「私が救われるためには,私は何をしなければならないでしょうか」と質問したその質問に,パウロとシラスの二人が答えている場面です。 それを踏まえて上記の訳文を比較してみます。

まず,新改訳2017の訳文を自然に読むと,「看守が主イエスを信じるだけで,看守の家族も自動的に救われる」と読めます。 しかし,家族のうちの誰か一人が主イエスを信じたら,自動的にその人の家族も救われるという教えは,聖書にはありません。 では,使徒の働き16章31節はどう理解したらよいのでしょうか。

そこで,インターリニア聖書の「直訳」を見てみます。 「直訳」は,ギリシア語の単語ごとに書いた逐語訳が一つの文になるように,形を整えたものです。 さて,使徒の働き16章31節での発言内容を正確に訳すと,インターリニア聖書に書いたとおり,次のようになります。 「あなたは主イエスを信頼しなさい。そうすれば,あなたは救われます。あなたもあなたの家に属する人も(主イエスを信頼すれば救われます)。」 この訳文なら,「聖書の教えと違うのではないか」という疑問を感じることはないと思います。 つまり,パウロとシラスは,「主イエスを信じる決断は一人ひとりがくだすべきことだ」と言っているのであり,「誰かが主イエスを信じたら,その人の家族も救われる」とは教えていないことがはっきり分かります。

このように,普段使っている翻訳聖書で疑問を感じたり,原文を調べてみたいときに,インターリニア聖書があると大変便利です。

入手方法

私が作成したインターリニア聖書(PDFファイル)を欲しい方は,私宛にEメールを送ってください。 個人的で非営利目的なご利用に限り,私からプレゼントさせていただきます。 (できればネット上で無料ダウンロードできるようにしたかったのですが,UBS5の著作権者であるドイツ聖書協会が「許可しない」と言っていますので,できません。 どうぞご了承ください。)

以下,既に完成している書と,作成中の書のリストです。 (プレゼントさせていただくPDFファイルは紙の本の原稿として作成したものなので,表紙や奥付も含まれています。)

完成している書

作成中の書

まとめ

ギリシア語原文を正確に理解するためには,やはり文法書を開いて自ら学ぶ必要があります。 しかし,文法書を一通り精読するには,それなりに時間と労力を要します。 そのため,文法の学びを途中で断念してしまう人もおられると思います。

このページでご紹介しているインターリニア聖書は,ギリシア語が分からない人にも使っていただけることを目指しました。 もしギリシア語に興味を持たれましたら,ぜひ文法書を購入して,学んでみてください。 文字と発音を覚えるだけなら,あまり時間はかからないと思います。 また,文法の学びを途中で断念してしまったという人には,再度文法へチャレンジしていただく踏み台になればと思っています。

このインターリニア聖書によって,ギリシア語原文と普段お使いの日本語訳聖書との橋渡しができれば幸いです。

補足1:前置詞 ἐν の意味と用法

前置詞 ἐν の意味と用法について,織田昭先生の小辞典と文法書では食い違いがあります。 小辞典では位格の中に分類されている意味と用法のいくつかが,文法書では具格に分類されています。 おそらく文法書のほうが正しいと思いますので,私のインターリニア聖書では,文法書の分類にしたがって記述してあります。

小辞典では位格となっているが,文法書にしたがって具格としたものは,次のとおりです。

これ以外にも,織田小辞典には少しだけミスがあります。 私が見つけたものに限り,正誤表を作りましたので,よろしければご自由にお使いください。 この正誤表は,教文館から2012年4月25日に出版された4版,織田昭編『新約聖書ギリシア語小辞典』に基づくものです。

織田小辞典の正誤表(PDFファイル,261KB)

補足2:織田文法書の正誤表

紙の本としての織田昭著『新約聖書のギリシア語文法』には,多くの印刷ミスがあります。 その多くは数字のミスなので,文法を学ぶ上ではあまり問題がないように思いますが,とりあえず個人的に正誤表を作ってみましたので,もし必要であれば,ご自由にお使いください。 私が調べた印刷本は,教友社から出版されたもの(奥付によると,初版は2003年5月20日,第2刷は2008年9月30日のもの)です。

織田文法書の正誤表Ⅰ(PDFファイル,580KB)

2024年9月2日更新
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