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from 2005/1/15
Column

占いの原理



お金儲けのための方便

占いの発展は、金儲けの手段として『人々が求めるものを提供する』、この難しい命題に対して試行錯誤を繰り返してきた歴史です。 如何に実在もしない神さま仏さまの声を聞き、如何に不可能であるはずの未来予知をするかです。 たとえ、無理難題であっても、人々の要求に答えることができなければ、商売として成り立ちません。 こうした需要と供給のギャップを埋めるため、占いには人を欺くためのトリックが随処に使われています。 占いが、人々にとって都合のよいものであるわけは、手品と同じで、そうなるように巧妙に仕組まれたタネがあるからに他なりません。

占いでは空想上の概念である運命を扱う必要があります。そのため現場での運用にあたっては、実と虚を結びつける工夫が必要になります。 この中心となるのが「風が吹けば桶屋が儲かる」でおなじみのこじ付け論法です。ある事象の発生により、一見すると全く関係がないと思われる場所・物事に影響が及ぶことの喩えです。 すなわち、誕生日、名前の画数、方位・方角などが、森羅万象を巡り、運命にも影響を与えると考える(こじ付ける)のがポイントです。 こうした方便を用いることにより、実と虚、全く関係もない両者を上手い具合いに結び付けています。

 占い: 実 《 生年月日、字画、方位・方角など 》 ⇒ こじ付け論法 ⇒ 虚 《 運命 》

占いは民衆を霊感商法へ導くための窓口として開発されました。これをきっかけとして信者を獲得し、商売繁盛に繋げて行くのが目的です。 しかしながら、嘘やデタラメで塗り固められた真の姿を知られてしまうと、批判・反論・悪用される恐れがあります。 これを封じるため、用法や要領を複雑で難解にして、庶民には扱うことのできない「特別なもの」に昇華させる必要があります。カラクリを見破られないようにしなくてはなりません。 占いという金儲けのためのツールを門外不出の特別なものとして独占することによって、長い間、秘密を保ってきたわけです。



占いに求められる役割

100% 必ず絶対当たる占いに見てもらったとしても、自分に都合の悪い結果は外れてもらわないと困るのが人情というものです。 時代は移り変わっても、願いはただひとつ。「明日は、今日よりもよくなる」です。 当たる当たらないではなく、未来に希望を持てるようにするためのオマジナイの在り処を知りたいわけです。 誰かに背中を押してもらいたい。何かに不安を払拭してもらいたい。もっと良い人生を授けてもらいたい。 神仏に手を合わせ、ご利益を要求するのと同じように、占いに『人生を都合よく変えるための魔法』としての役割を期待しているのです。

空からお金が降ってきても誰も困りませんが、爆弾が降ってくると聞けばそれを防ぐ手立てを講じるでしょう。 人の心理として、自分自身に都合の悪い事柄は、不安感が募るので、そのまま何もせず放置しておくことはできません。 占いに求められるのは、未来を都合よく変えるための魔法、すなわち、『開運術』としての役割です。 どうすれば最悪の事態を回避できるのか、他罰的思考・他力本願な回答が用意されています。 「占いに見てもらったから、最悪の事態(恐怖と不安)を回避できた」と心理的に依存させることができれば勝ちなのです。

もし、占いが当たる当たらないの当てっこゲームに拘っていたなら、これ程長く受け継がれることはなかったでしょう。 人々が求めるところにより、開運術へとシフトしていったところに勝因があります。 将来が不安でたまらない人々にとって、自らは何も行動せず、簡単・便利・お手軽に、開運につながるというのは、非常に魅力的で都合のよいものであったわけです。 占いは、こうした人間の心の闇に付け込み、需要と供給、双方に利益がもたらされるように、うまい塩梅に落しどころを見つけています。 これが長く廃れることなく受け継がれている理由です。



言い伝えをもとにする占いの原理

夢占い厄年厄祓いなどは、古来よりの言い伝え、すなわち、習俗や俗信を源にしています。根拠や出所に関して、詳しいことはよくわかっていません。 いずれも「昔々、人々はそのように信じていた」という事柄に過ぎないので、現実問題として、何か起こるわけではありません。 厄払いなどが顕著な例ですが、商業的に利用価値のある習俗や俗信は、広まり易く、また途絶えることなく受け継がれて行くのが世の習いです。 いわれも知れない「祟り」という迷信を危惧される方も多いようですが、そのような事はあり得ませんので安心してください。



相術占いの原理

相術(そうじゅつ)とは、手相人相家相など、実際に目に見えるものから現在の状態を占う方法です。 相術占いは、「手相や人相など実際に目に見えるもの」と「その人の生き様」を長い年月をかけて経験的に積み重ねてきたものと言えます。 経験則の裏には、何らかの真理や法則が隠れていることも多いものです。 やがて、こうした事実が陽の目を見る日が来るのかもしれません。顔色などは、現代でも、医学として十分通用する診断方法です。 必ず当たるとは限りませんが、膨大な経験や時間の積み重ねから成り立っているので、意外と多くの部分で当てはまるのも事実です。

その反面、未来予知の類、思想的・宗教的な背景から派生してきたもの、迷信・俗信などから派生してきたもの、 占い師自身の権威を高めようと考え出されたもの、商業的な側面からリップサービスするために使われてきたものなど、根拠や出所のはっきりしないものも数多くあります。 「神さま仏さまは実在しない」「未来予知は不可能」であることを考えれば、それ系統の暗示は嘘八百のデタラメとわかるはずです。 あくまでも、「相」が示すのは、現在の状態です。過去でも、未来でも、ありません。内容をよく吟味することが大切です。

相術占いは、解釈の仕方や使い方さえ間違わなければ、有用性が高い占いです。



命術占いの原理

命術(めいじゅつ)とは、四柱推命九星気学六星占術星座など、 生年月日をもとにして生まれながらに授かった運命を占う方法です。結果を導くための過程が複雑で難解であるため、占いの中では権威が高いとされています。 命術占いの出発点は、その人が生まれた時点(分娩の瞬間)ですべての事柄が決まっているという運命論的思想です。 運命とは、思想の世界に限り成立する話であって、現実の世界に実在するものではありません。 それでは、なぜ命術占いは当たっているように見えるのか? --- その答えは、人を欺くためのトリック「運勢の循環の法則」です。

例えば、四柱推命では10年・12年・60年周期で運勢が循環すると考えます。九星気学では9年周期、六星占術では6年周期となります。 命術占いの多くは、ある周期で良い運勢やら悪い運勢が循環していると考えます。 一生に一回だけではなく、生きている限り何度も何度も同じ星が巡ってくると考えるのがポイントです。 運勢の循環を考えることにより、周期の倍数で的中率が向上するようになります。 命術占いは、「運勢の循環の法則」というトリックを導入することによって、あたかも的中率が高いように見せ掛けているだけなのです。--- ①

一方で、現実には、運勢の周期に係わらず良い事柄も悪い事柄も常に起こっています。 時に、良い事柄と悪い事柄が同時に起こることもあります。また、ひとつの事柄でも見方によっては両面が存在します。 病気になったことは悪でも、完治すれば良と捉えられます。事故にあったことは悪でも、怪我がなければ良と捉えられます。 この他にも、その人の捉え方次第でどちらにも取れる事柄が数多くあります。物事は表裏一体です。 占い師の誘導の仕方次第、本人の考え方次第で、物事は良⇒悪、悪⇒良へと変幻自在なのです。--- ②

①と② 両者は何の係わりもありませんが、たまたま偶然、ある確率で、①占いの結果と②現実の人生が合致することがあります。 全くの偶然ですが、占いで良いと言われる時期に良い事柄が起こることがあります。悪いと言われる時期に悪い事柄が起こることがあります。 命術占いの的中率は、占いの理論や思想に関係なく、数学的な計算だけで説明することができます。 最終的には確率論の問題です。その占術の用法に従う限り、否が応でも、ある確率をもって、①と②の歯車が噛み合わさってしまうのです。 命術占いには、巧妙なトリックが仕組まれているのです。

これを、トリックと捉えるか、神さまのお告げと捉えるかです。

現在広く知られている占いの中では、六星占術が見かけ上一番の的中率となります。確率は6分の1です。 6年に1度、良い運勢やら悪い運勢が巡ってくる設定なので、全くデタラメでも、6分の1の確率で見かけ上当たるわけです。 六星占術は既存の占いの欠点(=周期設定が長いと確率が低下する)を改良し、よく考えてつくられた占いであると思います。 周期が短すぎるとトリックがばれてしまうおそれがあるので、5年か6年周期がギリギリというところでしょうか。 命術占いに科学的根拠はありません。当たるように思えてしまう感覚に騙されないようにしてください。



卜術占いの原理

卜術(ぼくじゅつ)とは、タロットおみくじサイコロなど、偶然的に示された結果をもとに占う方法です。 偶然に得られた結果をきっかけとして、相談者自らが課題を見つけ出すように誘導し、さらには未来の事柄や解決方法へと誘導して行きます。 この占いのキーワードは「自己分析」です。偶然を利用した、心の声を聞くカウンセリング療法です。 相談者自らが課題を見つけ出し、解決方法を探ることになるので、外れようがありません。 最終的に至る結論としては、相談者が心に秘めている内容に沿うようなものとなり易いのです。

占い師に求められるのは、相談者から話を引き出す能力だけです。占い師の誘導尋問に対して、何も素性を明かさない相談者であれば、この占いは成り立ちません。 そういう意味では、占い師と相談者の双方の相性が大切です。観相占いのように「黙って座ればピタリと当たる」という種類の占いではありません。 易やタロットを利用する際は、この占いの本質は「自己分析に基づく心理的カウンセリング」であることに留意して、素直に心を開くことが大切です。 カウンセリングを超えるような問題(例えば、未来予測など‥)の解決には向きません。

あくまでも、偶然的に示される事柄です。結果に再現性はありません。毎回毎回、違う答えが出ます。 「結果が気に入らないから、もう一回」と気の済むまで何度でも占うこともできます。しかしながら、毎回違う結果が出たら、どれを信じてよいのか迷ってしまいます。 こうした問題に対処するため、卜術占いには、「初回の結果のみ有効」というような禁止事項が設けられています。その偶然は必然であると考えるわけです。 卜術占いに科学的根拠はありません。当たるように思えてしまう感覚に騙されないようにしてください。



占いの行き着くところ

お母さんのお腹の中で、卵子と精子が受精した段階で、遺伝子DNAをはじめとする ① 先天的要素が確定します。 ① 先天的要素とは、遺伝的要素(性別、顔貌、容姿、思考傾向、行動傾向、性格傾向、得意分野、病気傾向‥‥)、家庭環境(身分、家柄、社会的地位、資産‥‥)など、 生まれながらに授けられた、その人を取り巻く環境のことです。人生の要素を100とすると、① 先天的要素は25~60%の影響力を持つともいわれています。 時には、その血筋に生まれただけで、人生が決まってしまうこともあります。代々の世襲などがそれに当たります。

両親から受け継いだ遺伝子DNAに起因する資質や性質は、努力したところで変えることはできません。 何事にも原因があって結果があります。何もしなければ、何も起きません。ある方向性を持った行動を取れば、それに従った結果が出ます。 成功するような人は、死ぬまでずっと成功につながるような行動をしていきます。失敗するような人は、死ぬまでずっと失敗につながるような行動をしていきます。 傍から見れば、何か得たいの知れない不思議な力に人生が操られているかのように映りますが、その原動力となっているのは遺伝子DNAの働きなのです。

運命と聞くと、神様から与えられた避けては通れない試練のようなものを連想します。 しかしながら、失敗した原因をよくよく分析してみると、常日頃の利己的な行動のツケによることが多いと気付きます。 利己的な行動の原動力は、遺伝子DNAに起因するところの性質や資質といった ① 先天的要素です。 これらは途中で修正することは難しく、一生を通じてその人の生き方に影響を及ぼします。 如何にしても、② 後天的要素や ③ 偶然的要素は ① 先天的要素の呪縛から逃れることはできません。これが巷で語られるところの運命の正体です。

 人生 = ① 先天的要素(遺伝的要素、家庭環境‥‥)
     + ② 後天的要素(育つ環境、経験、努力‥‥)
      + ③ 偶然的要素(運、チャンス、めぐり合わせ‥‥)

「宿命」(①)とは、先天的要素。生まれてから未来永劫変えられないもの。
「運命」(①+②+③)とは、後天的要素を含んだもので、ある程度変えられるのもの。
「運勢」とは、運命の勢い・強さと定義します。

宿命(①)は未来永劫変えられません。 運命(①+②+③)はある程度自分の力で変えられます。宿命は人生の設計図。運命は施工図にたとえられます。 設計図をもとに現実に沿ったものに書き直したのが施工図です。完成したものが人生となります。 運命とは、決められた未来という意味ではなく、「人生の方向性」という意味です。 その人が持つ性質や資質などを原動力として、「どのような人生を歩み易いのか」という意味になります。 ただし、これらは基礎の土台部分に過ぎないので、人生すべての行程が規定されるわけではないということを付け加えておきます。

人生には「たまたま偶然」という要素も大きく作用します。人との巡り合わせ、事件、事故、自然災害、病気、寿命など、その時は、ある日突然、断りも無しにやってきます。 人生に恵まれない原因を紐解いて行くと、ただ単に、運やチャンスに見放されただけという人も少なくありません。当然、その逆もあります。 ③ 偶然的要素は人智では予測不可能です。偶然的要素が重なれば、異常開運(⇔ 異常悲運)することもあり得ます。 したがって、上段に示した運命とは、その時点における「要素」「可能性」として捉えるべき性質のものであることを理解してください。

今後、遺伝子DNAの研究が進んで行けば、遺伝子DNAを基にした未来予測というものが実用化してくるものと思われます。 占いは、当たらないことが幸いして、たとえ、悪い結果が出たとしても、「占いだから、必ず当たるとは限らない‥‥」と将来に対して希望?を持つこともできます。 しかし、科学的根拠に基づく未来予測であったなら、こうは行きません。時に、科学は残酷です。 遺伝子DNAを分析した結果、「〇〇歳までに、がんになる確率100%」などと出れば、この先の未来には絶望しか待っていません。人生には知らない方がよい事もあるのです。

その時は、ある日突然やって来ます。人の一生は、人智では計り知れないものです。 未来には、自分に都合の良い出来事だけが待っているわけではありません。当然、悪い事もあります。いや、悪い事しかないかもしれません。 もし、そうであっても、これから起こる事柄が予知できないからこそ、今この瞬間、将来に希望を持って努力することができるのです。 何事も決まっていないから、何事もわからないから、面白いのです。何でもお見通しの未来には、希望がありません。 結末がわからないからこそ、薬として作用することを忘れないでください。

人生とは、あなたの行いが周囲の人間関係に反映され、あるいは社会活動に反映され、その結果として、つくり上げられて行くものです。 今の人生をつくり上げたのは、あなた自身です。恵まれた人生を歩んでいる人は、陰日向で、そうなるように現実的な努力を続けてきたわけです。 逆に、恵まれない人生を歩んでいる人は、努力を怠ってきたわけです。そうなるべくしてなったのです。人や社会を恨んでいても道は開けません。 所在も知れない何かに責任を押し付けるのではなく、まずは自分自身の行動を振り返ってみてください。努力する方向を間違えないでください。

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